2008年01月08日
先月の中頃に書いた「落ちて死ぬ寸前の人が見るスローモーション、年齢と共に加速していく歳月の経過 ― “記憶の密度”という説明」という記事で、人は極限の恐怖を味わっているとき、時間の経過を異常に長く感じる傾向があるという話を取り上げた。その真偽を確かめるために、ある研究チームが被験者を45メートル以上も自由落下させる恐怖の実験を実施した。
ネットに安全に受け止められて無事生還した被験者たちは、落下に要した時間を実際よりも長く報告した。しかし、知覚クロノメータという装置による測定の結果、自由落下中の被験者の意識の中で時間の経過が遅くなる現象は生じていないことが確認された。この研究を率いた教授は、この食い違いを次のように説明している。
つまり、濃い体験や初体験は密度の高い記憶を残すということになる。しかし、体験が濃すぎたり恐ろしすぎたりすると、逆に後から思い出せないこともある。
実際、筆者は小学校1年生のときに体験した一連のことがらを一切思い出すことができない。今では絵の鑑賞は好きでも描くのはからきし駄目な筆者だが、小学校に上がるまでは末恐ろしい絵の天才だと評判を集めていたとかいないとか。そこで親が画家にしてやろうと思って(実際、とある事情で当時疎遠になっていた祖父は戦後まもなく牧師に転向するまで日本画の画家をしていたという)、絵の先生のところに習いに行かせたらしい。
しかし、絵を習っていたときの記憶が一切残っていないのだ。どんなふうに指導されたかはおろか、先生がどんな人だったかさえ思い出せない。何も思い出せない。その記憶が消失したのは、おそらく絵を習うのをやめた直後だったと思う。
消失したのは記憶だけではない。絵の才能らしきものも完全に消失してしまった。よほど中身の濃い体験をさせられたのだろう。しかし、密度の高い記憶が残るどころか、一切の記憶が失われた。
筆者はアフリカ南部を飛び回っていた20代後半のころにも、非常に濃い体験を積み重ねた。1月末(正確には2月1日か?)に刊行される「なんでも評点 - 世界のありえな〜い100選」という書籍を作るに当って、その当時の体験を一続きのコラムにしてほしいという要望が編集部からあった。
だが、いざ何か書こうとすると、当時のことをぼんやりとしか思い出せないことに気づいた。強烈な体験を断片的に思い出しはするものの、前後関係がはっきりしない。まあ、コラムのスペースにも制約があり、断片的な回想を綴っているだけでも一続きのコラムが出来上がってしまった。
努力すれば、当時の強烈な体験の数々の細かい記憶を回復できそうな感触はある。しかし、思い出すことに一種の苦痛のようなものが伴う。何か吹っ切れないものがある。もしかしたら、極め付けの体験の記憶が封印されていて(小学1年のときの体験のように)、他の記憶を思い出すことの邪魔をしているのかもしれない。
20代前半のある時期、バーの雇われマスターをしていたことがある。その当時にも、かなり濃い体験をした。こちらの記憶は、かなり鮮明に思い出せる。若かりし日の私の目に見えた大阪の中年客といったら、まあ手の焼ける連中だった。
その店には、自営業者や中小企業の社長、大企業の管理職などが多かったのだが、みんな酒を飲むと子供に戻る。わがままの言い放題。私が若造だったから、なおさら彼らはエスカレートした。
店の女の子の扱いも難しかった。私がむやむに若く、人生経験がなかったものだから完全に舐められているケースもあった。その一方で、誰か一人をえこひいきしていると見られると反発があり、営業時間中に怒って店を飛び出し、二度と戻って来なかった子もいた。
オーナー側がどこかから将来のママ格としてスカウトしてきた女の子が毎日のように客から見えない場所で私に悪態をつき、挙句に売上金を持ち逃げしたことさえあった。
結局、人間関係で疲れ切ってしまい雇われマスターを辞めることにしたのだが、実に濃い体験を短期間で味わった。いやな体験が多かったわけだが、今でもかなり鮮明に細部を思い出せる。時間的には、確かに実際の期間より長かったように感じる。
バーの雇われマスターをしていた時期の方がアフリカ南部時代よりも精神的外傷になりそうな体験が多かったわけで、実際、その後の何ヶ月は母が一人で暮らしていた実家に引き篭もってしまったほどである。しかし、それでも記憶は鮮明に蘇る。
なのに、小学1年のころに絵を習っていたことは何一つ思い出せない。アフリカ南部を飛び回っていたころの濃い体験にも、何かバリアのようなものがかかっている。
この違いがどこにあるのかはわからない。だが、濃い体験をしたからといって記憶の密度が高くなるとは限らないことを示しているようにも見える。あるいは記憶は、あまりに密度が高すぎると簡単に再生できなくなってしまうのかもしれない。
当ブログにしては珍しく個人的な体験について書いてしまった。実は一つ面白いネタを見つけてあるのだが記事にするのには労力を要しそうで(よそと被ることもまずなさそうなので急ぐ必要もないし)、こんな駄文で更新の穴を埋めることにした。
いろんな体験をしているのに、それが何の役にも立ってなさそうな人間もたまにいる。私がその一人であることは間違いない。
- 意識のある状態で死に瀕するなど、濃い体験をするほど、記憶の密度が高くなる。密度の高い記憶は再生に時間がかかる。ゆえに後から思い出すと、その体験中に時間がゆっくりと経過したように感じてしまう。
- 子供のころには初めてのことを次々に経験するので、記憶の密度が高い。ゆえに後から思い出すと、たったひと夏が永遠に続いたかのようにさえ感じられてしまう。
つまり、濃い体験や初体験は密度の高い記憶を残すということになる。しかし、体験が濃すぎたり恐ろしすぎたりすると、逆に後から思い出せないこともある。
実際、筆者は小学校1年生のときに体験した一連のことがらを一切思い出すことができない。今では絵の鑑賞は好きでも描くのはからきし駄目な筆者だが、小学校に上がるまでは末恐ろしい絵の天才だと評判を集めていたとかいないとか。そこで親が画家にしてやろうと思って(実際、とある事情で当時疎遠になっていた祖父は戦後まもなく牧師に転向するまで日本画の画家をしていたという)、絵の先生のところに習いに行かせたらしい。
しかし、絵を習っていたときの記憶が一切残っていないのだ。どんなふうに指導されたかはおろか、先生がどんな人だったかさえ思い出せない。何も思い出せない。その記憶が消失したのは、おそらく絵を習うのをやめた直後だったと思う。
消失したのは記憶だけではない。絵の才能らしきものも完全に消失してしまった。よほど中身の濃い体験をさせられたのだろう。しかし、密度の高い記憶が残るどころか、一切の記憶が失われた。
筆者はアフリカ南部を飛び回っていた20代後半のころにも、非常に濃い体験を積み重ねた。1月末(正確には2月1日か?)に刊行される「なんでも評点 - 世界のありえな〜い100選」という書籍を作るに当って、その当時の体験を一続きのコラムにしてほしいという要望が編集部からあった。
だが、いざ何か書こうとすると、当時のことをぼんやりとしか思い出せないことに気づいた。強烈な体験を断片的に思い出しはするものの、前後関係がはっきりしない。まあ、コラムのスペースにも制約があり、断片的な回想を綴っているだけでも一続きのコラムが出来上がってしまった。
努力すれば、当時の強烈な体験の数々の細かい記憶を回復できそうな感触はある。しかし、思い出すことに一種の苦痛のようなものが伴う。何か吹っ切れないものがある。もしかしたら、極め付けの体験の記憶が封印されていて(小学1年のときの体験のように)、他の記憶を思い出すことの邪魔をしているのかもしれない。
20代前半のある時期、バーの雇われマスターをしていたことがある。その当時にも、かなり濃い体験をした。こちらの記憶は、かなり鮮明に思い出せる。若かりし日の私の目に見えた大阪の中年客といったら、まあ手の焼ける連中だった。
その店には、自営業者や中小企業の社長、大企業の管理職などが多かったのだが、みんな酒を飲むと子供に戻る。わがままの言い放題。私が若造だったから、なおさら彼らはエスカレートした。
店の女の子の扱いも難しかった。私がむやむに若く、人生経験がなかったものだから完全に舐められているケースもあった。その一方で、誰か一人をえこひいきしていると見られると反発があり、営業時間中に怒って店を飛び出し、二度と戻って来なかった子もいた。
オーナー側がどこかから将来のママ格としてスカウトしてきた女の子が毎日のように客から見えない場所で私に悪態をつき、挙句に売上金を持ち逃げしたことさえあった。
結局、人間関係で疲れ切ってしまい雇われマスターを辞めることにしたのだが、実に濃い体験を短期間で味わった。いやな体験が多かったわけだが、今でもかなり鮮明に細部を思い出せる。時間的には、確かに実際の期間より長かったように感じる。
バーの雇われマスターをしていた時期の方がアフリカ南部時代よりも精神的外傷になりそうな体験が多かったわけで、実際、その後の何ヶ月は母が一人で暮らしていた実家に引き篭もってしまったほどである。しかし、それでも記憶は鮮明に蘇る。
なのに、小学1年のころに絵を習っていたことは何一つ思い出せない。アフリカ南部を飛び回っていたころの濃い体験にも、何かバリアのようなものがかかっている。
この違いがどこにあるのかはわからない。だが、濃い体験をしたからといって記憶の密度が高くなるとは限らないことを示しているようにも見える。あるいは記憶は、あまりに密度が高すぎると簡単に再生できなくなってしまうのかもしれない。
当ブログにしては珍しく個人的な体験について書いてしまった。実は一つ面白いネタを見つけてあるのだが記事にするのには労力を要しそうで(よそと被ることもまずなさそうなので急ぐ必要もないし)、こんな駄文で更新の穴を埋めることにした。
いろんな体験をしているのに、それが何の役にも立ってなさそうな人間もたまにいる。私がその一人であることは間違いない。
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この記事へのコメント
1. Posted by お米 2008年01月08日 03:24
いろんな体験してますね!
ちょっと憧れます
ちょっと憧れます
2. Posted by 金髪の孺子 2008年01月08日 03:52

3. Posted by 2008年01月08日 11:10
色々と勉強させて頂いてます。
4. Posted by Bono 2008年01月08日 19:14

5. Posted by ぜんじ 2008年01月09日 00:05

「おまえが小学生の頃、何度も殴って本当にすまなかった。理由もわからず殴られて、さぞ怖かったことだろう。」
最初は何のことかさっぱりわかりませんでしたが、一呼吸おいて、記憶が蘇ってきました。
ちょうどその頃、私の母親が宗教に生活の大部分を費やすようになり、父親は怒りのやり場を子供の私に向けていたのですが、父親に言われるまで、記憶にブロックがかかっていました。
今回の記事は、なんとなく自分の経験に近い物を感じ、思わず書き込みしてしまいました。これからも、更新を楽しみにしています。
6. Posted by あ 2008年01月09日 18:27
アフリカ経験談の以前書かれた内容は、都内でぬくぬく育った私には想像しがたく興味深かった。もっと聞きたい
7. Posted by ここ 2008年01月14日 14:59
自分にとって嫌な記憶って忘れてしまいますよね。
子供の頃に習った絵はつまらなかったのでは?
南アも衝撃的だけれど辛いことも多かったのでは?
逆にバーでの体験は楽しいものだったのではないでしょうか。
楽しい記憶だけ残っていく…とかんがえると、記憶の密度に関わらず覚えていたりします。
子供の頃に習った絵はつまらなかったのでは?
南アも衝撃的だけれど辛いことも多かったのでは?
逆にバーでの体験は楽しいものだったのではないでしょうか。
楽しい記憶だけ残っていく…とかんがえると、記憶の密度に関わらず覚えていたりします。
8. Posted by まみ 2008年01月15日 13:55
私は今24ですが小中高学生だった学生生活の記憶がほとんどありません…。
学校、先生、友達すべて嫌い(苦痛)だったせいか
悲しいほど 覚えがありません。
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