2007年09月12日
今年の6月6日のこと、米国オクラホマ州で配管工事請負業を営むライアン・フィンリーさん(31歳)は苦渋の決断を迫られていた。妻ジルさん(32歳)が自発呼吸を停止してから11日目に入っていた。オクラホマ心臓病院に救急搬送された日から一度も意識を回復することなく、昏睡が続いていた。彼女の命は、人工呼吸器などの生命維持装置で辛うじてこの世に繋ぎ止められているにすぎなかった。
医師たちによれば、ジルさんのような容態の患者が意識を回復して普通の生活に戻ることができる見込みは1パーセントか2パーセントしかないとのことだった。ほとんど回復の望みがないに等しかった。そして、昏睡11日目にして、夫ライアンさんに残酷なオプションが提示されたのだった。夫であるあなたがそうお望みでしたら、奥さんの体から生命維持装置を外すこともできます、と。
妻ジルさんが突然の心肺停止に至ったのは、5月26日のことだった。その日の朝、夫ライアンさんは、ジルさんが目を覚まさないことに気づいた。体を揺すってみても目を覚まそうとしない。だが眠っているのでもなかった。ジルさんは、呼吸をしていなかったのだ。
ライアンさんは10年前に受けたCPR(心肺蘇生術)講座の記憶の糸を手繰り寄せ、ジルさんをベッドから床に降ろした後、現実世界で一度も使ったことのないCPR手順を開始した。911に通報した後も、CPR手順を続けた。まもなく到着した救急隊員がジルさんの胸に除細動器をかけると、なんとかジルさんの心臓が鼓動を再開した。
搬送先のオクラホマ心臓病院に到着すると、病院のスタッフがジルさんに人工呼吸器を接続すると共に、ジルさんの体を特殊な冷却スーツで覆った。彼女の体温を下げることによって、酸欠による脳損傷を最小限に抑えるためだった。病院到着時、既に脳の活動レベルは極めて低かったという。
こうしてジルさんは死を免れたが、深い昏睡から回復することは一度もなく、生命維持装置なしでは生きながらえることができない状態が続いた。その生命維持装置を妻の体から外すか、それとも回復の見込みがなくても彼女の生命を維持し続けるか・・・という選択を迫られた夫ライアンさんは、その翌日、「生命維持装置を外す」の方の選択肢を選んだ。
6月7日付けのライアンさんの日記には、こう記されている。「ジルがこんなふうに生きながらえることを選ぶはずがない」
ライアンさんは後日、テレビ番組でインタビューを受けたときに、こう話している。「ジルは、私にとって妻であると同時にソウルメイト(魂の伴侶)であり、私のすべてでした。なのに、彼女の生死が私の判断に委ねられたのです。辛い決断でした」
6月9日の午後6時、ライアンさんとジルさんの家族が病室に集まった。ジルさんの最期を看取るためだった。そして、皆が固唾を呑んで見守る前で医師がジルさんの体から生命維持装置を外した。ところが、不思議なことに、ジルさんはなかなか息を引き取る様子がない。
ライアンさんは、自分が生命維持装置の取り外しを決断したことを公式に表明する法的書類にサインするために病院を後にした。もしかしたら妻の最期を看取ることができないかもしれないが、書類にサインしないわけにはいかなかった。
結局、ライアンさんが病室に戻るまでに5時間もの時間を要してしまう。だが、ジルさんはまだ息を引き取っていなかった。午後11時を回った病室でライアンさんは、あの世へ旅立とうとしている妻を見守り続けた。
午後11時45分ごろ、ジルさんがしきりに体を動かし始めた。その様子を見たライアンさんは、決して淡い期待を抱いたりはせず、覚悟を決めた。いよいよ、その時が近づいているのだ、と。
ライアンさんは、死に際の人が最後に命の火を燃え上がらせる「ラスト・ラリー(最後の回復)」という現象があることをいろんな人から聞いたことがあった。最期の時を迎えようとしている人の命の火は、いよいよというときになってごくわずかな間だけ、ひときわ明るく燃え上がることがある。
死の床にあって、それまで失われていた体の機能が蘇る。たとえば、最期のひとときだけ意識を回復したり、言葉を発した後、あの世に旅立っていく人たちがいる。だから、ジルさんが体を動かし始めたのも、彼女の命の火が今まさに消えようとしているからなのだ、とライアンさんは覚悟した。
そして、ジルさんが唇を動かし始める。何か喋っているように聞こえるが、意味を成さない“うわごと”のようだった。「ついにその時が来たのだと思いました。まさに“ラスト・ラリー”なのだとしか思えませんでした」と、後日、ライアンさんは振り返っている。
ところが、ジルさんの唇から発せられていたのは、意味のないうわごとなんかではなかった。「ここから出してよ!」とジルさんは訴え始めたのである。「テッドに行きたいわ。メルティング・ポットにも行きたいわ」
“テッド”と“メルティング・ポット”は、ジルさんがお気に入りのメキシコ料理店の名前だった。ジルさんは、お腹が減ったと訴えていたのである。つまりそれは、彼女の意識が2週間ぶりに、しかも生命維持装置を外された後で回復したことを意味していた。
ライアンさんはジルさんの意識が本当に回復したのかどうかを確かめるために、彼女に単純な足し算をさせてみた。すると正しい答えが返ってくる。自宅の電話番号、愛犬の名前、愛猫の名前を答えさせてみる。やはり正しい答えが返ってくる。
やはり、死に際の人が最期にひとときだけ能力を回復させる“ラスト・ラリー”なんかではなく、本当に意識を回復したのだった。医師や肉親たちが誰一人として予想していなかった奇跡が起きたのである。
こうして生命維持装置を外された後で自発呼吸能力を取り戻し、完全に意識を回復したジルさんは、社会復帰へ向けて院内治療とリハビリを受けることになった。ジルさんが5月26日の朝、突然に心配停止に陥ったのは、彼女本人も知らなかった先天異常が原因だった。このため、ペースメーカーを埋め込む手術も受けた。
そして、奇跡の覚醒から3ヶ月が経った現在、ジルさんはほとんど後遺症もなく普通の生活ができるまでに回復している。ときどき発音しにくい言い回しがあったり、短期記憶能力がうまく機能しなかったりするが、それ以外はまったくの健康体である。
先日、夫妻はテレビ番組に招かれて、インタビューを受けた。そのときにジルさんは、今こうして生きていることのありがたみを噛みしめていると話した。
「私たちは、毎日、毎分、毎秒を大切にしながら暮らすようになりました。単に考え方が変わったというのではなく、もっといろんなことが見えるようになりました」とジルさんは言う。「夫婦で過ごせるときは、1分1秒を大事にして一緒に過ごせるようにしています。食料品店でもどこでも、いつも一緒に出かけます」
ともあれ、2週間も昏睡が続き、自発呼吸能力を失って一度も意識を回復しなかった患者が生命維持装置の取り外し後に息を引き取らず、意識を取り戻したばかりか、その直後から普通に会話を始め、足し算問題にも正答したというのだから実に驚かされる。だいたい、寝起きの悪い人の場合は、たった数時間の眠りから覚めた直後でさえ、足し算問題に答えているどころではなかったりするほど頭がぼんやりしているものである。
ジルさんは、生命維持装置を取り付けられていたときのことをほとんど何も覚えていない。昏睡状態が続いていたのだから記憶がなくて当然だが、不思議なことに、シャワー室に連れて行かれて体を洗われていたときのことだけは覚えている。どうやら、医師たちが思っていたほど深い昏睡ではなかったのかもしれない。
夫のライアンさんが彼女の異常に気づいた直後から必死で心肺蘇生術を施したことや、救急隊員がタイムリーに蘇生に成功したこと、そして病院到着後すぐに低体温療法が施されたことなどが、彼女の脳の損傷を防いだのだろう。夫ライアンさんは、 “Oklahoma Heart Hero Award”という賞にノミネートされたとのこと。
■ Source: Doctors pull plug, comatose woman wakes up
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妻ジルさんが突然の心肺停止に至ったのは、5月26日のことだった。その日の朝、夫ライアンさんは、ジルさんが目を覚まさないことに気づいた。体を揺すってみても目を覚まそうとしない。だが眠っているのでもなかった。ジルさんは、呼吸をしていなかったのだ。
ライアンさんは10年前に受けたCPR(心肺蘇生術)講座の記憶の糸を手繰り寄せ、ジルさんをベッドから床に降ろした後、現実世界で一度も使ったことのないCPR手順を開始した。911に通報した後も、CPR手順を続けた。まもなく到着した救急隊員がジルさんの胸に除細動器をかけると、なんとかジルさんの心臓が鼓動を再開した。
搬送先のオクラホマ心臓病院に到着すると、病院のスタッフがジルさんに人工呼吸器を接続すると共に、ジルさんの体を特殊な冷却スーツで覆った。彼女の体温を下げることによって、酸欠による脳損傷を最小限に抑えるためだった。病院到着時、既に脳の活動レベルは極めて低かったという。
こうしてジルさんは死を免れたが、深い昏睡から回復することは一度もなく、生命維持装置なしでは生きながらえることができない状態が続いた。その生命維持装置を妻の体から外すか、それとも回復の見込みがなくても彼女の生命を維持し続けるか・・・という選択を迫られた夫ライアンさんは、その翌日、「生命維持装置を外す」の方の選択肢を選んだ。
6月7日付けのライアンさんの日記には、こう記されている。「ジルがこんなふうに生きながらえることを選ぶはずがない」
ライアンさんは後日、テレビ番組でインタビューを受けたときに、こう話している。「ジルは、私にとって妻であると同時にソウルメイト(魂の伴侶)であり、私のすべてでした。なのに、彼女の生死が私の判断に委ねられたのです。辛い決断でした」
6月9日の午後6時、ライアンさんとジルさんの家族が病室に集まった。ジルさんの最期を看取るためだった。そして、皆が固唾を呑んで見守る前で医師がジルさんの体から生命維持装置を外した。ところが、不思議なことに、ジルさんはなかなか息を引き取る様子がない。
ライアンさんは、自分が生命維持装置の取り外しを決断したことを公式に表明する法的書類にサインするために病院を後にした。もしかしたら妻の最期を看取ることができないかもしれないが、書類にサインしないわけにはいかなかった。
結局、ライアンさんが病室に戻るまでに5時間もの時間を要してしまう。だが、ジルさんはまだ息を引き取っていなかった。午後11時を回った病室でライアンさんは、あの世へ旅立とうとしている妻を見守り続けた。
午後11時45分ごろ、ジルさんがしきりに体を動かし始めた。その様子を見たライアンさんは、決して淡い期待を抱いたりはせず、覚悟を決めた。いよいよ、その時が近づいているのだ、と。
ライアンさんは、死に際の人が最後に命の火を燃え上がらせる「ラスト・ラリー(最後の回復)」という現象があることをいろんな人から聞いたことがあった。最期の時を迎えようとしている人の命の火は、いよいよというときになってごくわずかな間だけ、ひときわ明るく燃え上がることがある。
死の床にあって、それまで失われていた体の機能が蘇る。たとえば、最期のひとときだけ意識を回復したり、言葉を発した後、あの世に旅立っていく人たちがいる。だから、ジルさんが体を動かし始めたのも、彼女の命の火が今まさに消えようとしているからなのだ、とライアンさんは覚悟した。
そして、ジルさんが唇を動かし始める。何か喋っているように聞こえるが、意味を成さない“うわごと”のようだった。「ついにその時が来たのだと思いました。まさに“ラスト・ラリー”なのだとしか思えませんでした」と、後日、ライアンさんは振り返っている。
ところが、ジルさんの唇から発せられていたのは、意味のないうわごとなんかではなかった。「ここから出してよ!」とジルさんは訴え始めたのである。「テッドに行きたいわ。メルティング・ポットにも行きたいわ」
“テッド”と“メルティング・ポット”は、ジルさんがお気に入りのメキシコ料理店の名前だった。ジルさんは、お腹が減ったと訴えていたのである。つまりそれは、彼女の意識が2週間ぶりに、しかも生命維持装置を外された後で回復したことを意味していた。
ライアンさんはジルさんの意識が本当に回復したのかどうかを確かめるために、彼女に単純な足し算をさせてみた。すると正しい答えが返ってくる。自宅の電話番号、愛犬の名前、愛猫の名前を答えさせてみる。やはり正しい答えが返ってくる。
やはり、死に際の人が最期にひとときだけ能力を回復させる“ラスト・ラリー”なんかではなく、本当に意識を回復したのだった。医師や肉親たちが誰一人として予想していなかった奇跡が起きたのである。
こうして生命維持装置を外された後で自発呼吸能力を取り戻し、完全に意識を回復したジルさんは、社会復帰へ向けて院内治療とリハビリを受けることになった。ジルさんが5月26日の朝、突然に心配停止に陥ったのは、彼女本人も知らなかった先天異常が原因だった。このため、ペースメーカーを埋め込む手術も受けた。
そして、奇跡の覚醒から3ヶ月が経った現在、ジルさんはほとんど後遺症もなく普通の生活ができるまでに回復している。ときどき発音しにくい言い回しがあったり、短期記憶能力がうまく機能しなかったりするが、それ以外はまったくの健康体である。
先日、夫妻はテレビ番組に招かれて、インタビューを受けた。そのときにジルさんは、今こうして生きていることのありがたみを噛みしめていると話した。
「私たちは、毎日、毎分、毎秒を大切にしながら暮らすようになりました。単に考え方が変わったというのではなく、もっといろんなことが見えるようになりました」とジルさんは言う。「夫婦で過ごせるときは、1分1秒を大事にして一緒に過ごせるようにしています。食料品店でもどこでも、いつも一緒に出かけます」
ありがたみ10 | ■■■■■■■■■■ |
ともあれ、2週間も昏睡が続き、自発呼吸能力を失って一度も意識を回復しなかった患者が生命維持装置の取り外し後に息を引き取らず、意識を取り戻したばかりか、その直後から普通に会話を始め、足し算問題にも正答したというのだから実に驚かされる。だいたい、寝起きの悪い人の場合は、たった数時間の眠りから覚めた直後でさえ、足し算問題に答えているどころではなかったりするほど頭がぼんやりしているものである。
ジルさんは、生命維持装置を取り付けられていたときのことをほとんど何も覚えていない。昏睡状態が続いていたのだから記憶がなくて当然だが、不思議なことに、シャワー室に連れて行かれて体を洗われていたときのことだけは覚えている。どうやら、医師たちが思っていたほど深い昏睡ではなかったのかもしれない。
夫のライアンさんが彼女の異常に気づいた直後から必死で心肺蘇生術を施したことや、救急隊員がタイムリーに蘇生に成功したこと、そして病院到着後すぐに低体温療法が施されたことなどが、彼女の脳の損傷を防いだのだろう。夫ライアンさんは、 “Oklahoma Heart Hero Award”という賞にノミネートされたとのこと。
昏睡状態にあったときのジルさんの姿、奇跡的に意識を回復した直後のジルさんの姿、そして夫と共にテレビ番組でインタビューを受ける彼女の姿を次のビデオに見ることができる。
■ Source: Doctors pull plug, comatose woman wakes up
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1. 生命維持装置を取り外された女性、なかなか息を引き取らず、それどころか普通に会話を始める 他 [ 神楽書堂‐ニュースログ‐ ] 2007年09月12日 23:07
生命維持装置を取り外された女性、なかなか息を引き取らず、それどころか普通に会話を始める
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【外語記事(動画在り)】
霊きゅう車にトラック突っ込みルーマニア人が5人死亡
【詳細記事】
「料理や洗濯??
この記事へのコメント
1. Posted by あ 2007年09月13日 00:33
普通に良い話だけど、俺は根性が曲がっているから
「実は生命維持装置じゃなくて、昏睡状態維持装置だったりして」
なんてことを考えてしまう
「実は生命維持装置じゃなくて、昏睡状態維持装置だったりして」
なんてことを考えてしまう
2. Posted by kokoroten 2007年09月13日 22:54

とても辛かった。
このご夫婦が末永く幸せでありますように・・・
3. Posted by kk 2007年09月15日 22:22
これって呼吸器を取り外しただけなんでしょうか。低体温療法のための冷却装置かなにかもSTOPしたんじゃないでしょうか。
低体温によって脳の保護には成功したものの、低体温のせいで脳自身が自身を保護する為に、冬眠とまではいかなくても、低エネルギーの昏睡状態を維持することを選んでしまったとか。
低体温療法はまだまだ歴史の浅い療法ですから、未知の副作用があってもおかしくないので。
低体温によって脳の保護には成功したものの、低体温のせいで脳自身が自身を保護する為に、冬眠とまではいかなくても、低エネルギーの昏睡状態を維持することを選んでしまったとか。
低体温療法はまだまだ歴史の浅い療法ですから、未知の副作用があってもおかしくないので。
4. Posted by koo 2008年01月09日 21:09
またまた世界仰天ニュースでやってましたね。
チーズフォンデュ食べ放題には笑った。
チーズフォンデュ食べ放題には笑った。
5. Posted by 2008年01月09日 21:21
>>4
ナカーマ
ナカーマ