2004年09月10日

ベスラン学校人質事件を生き延びたゲオルグ少年(前編)


ゲオルグ君はお母さんに会えた北オセチア共和国ベスランの学校人質事件で、犯人グループが撮影したビデオに写っていた10歳の少年ゲオルグ・ファルニエフ(Georg Farniyev)君は、速報記事でお知らせしたように奇跡的に生き残っていた。

彼は当初、死亡した600人のうちの1人として数えられていたのである。

SUN紙に掲載された記事「I'm alive」に基づいて、彼が助かった理由や彼の口から語られた事件の経緯をまとめてみたい。ただし、ソース記事はかなり長く、筆者にも時間的余裕がないため、今回は、とりあえず前半部分だけを取り上げることにする。

■彼はなぜ助かったか

彼だけが助かった世界中に配信されたビデオに写っていた彼は、このスナップショットのように頭に手を添えておとなしくしていた。しかし、彼から数メートルの距離に対人地雷が置かれていた。そして、その地雷が確かに爆発したのだ。


しかし、彼は死ななかった。地雷にあまりにも近い位置にいたことが逆に幸いしたらしい。地雷の破片は彼の体を直撃せずに、彼の体すれすれに舞い上がったのだと考えられる。

さらに、爆発直後、彼は一か八かで体育館の外に抜け出すことに成功した。その直後に、銃弾と爆薬が体育館の中の多くの子供たちや大人の命を奪ったのである。

彼は女性の体が真っ二つにちぎれて宙に舞うという惨たらしい光景を目撃した後、ロシア兵によって助け出され、病院に搬送された。ひざに怪我を負った以外、目立った外傷はなかった。

■あまりにも突然で、残虐

その日は、始業式だったのだ。長い休みが終わり、久しぶりに同級生と会うことができ、みんなうきうきしていた。

しかし、突如として銃を持った男たちが乱入した。父兄の一人と思われる60歳くらいの男性が彼らに乱暴はしないでくれと声を掛けたところ、その場で射殺された。ゲオルグ君は自分から2、3メートルの距離でその男性が胸を撃たれて倒れるのを目撃した。

みんなが悲鳴を上げた。ゲオルグ君の背後では、新1年生の6歳の女の子が泣き叫んでいた。彼女はお母さんを探してほとんどヒステリー状態になっていた。

テロリストたちは、彼女に黙れと言ったが、幼い彼女にはどうしようもできない。ゲオルグ君は、自分が振り向いて彼女をなだめてあげるべきかと思ったが、体がすくんで何もできなかった。

2回目の銃声がこだますると、女の子の泣き声が止んだ。ゲオルグ君は女の子が撃たれたのだとすぐにわかったが、恐ろしくて振り向くこともできなかった。

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1.   [ 人生が背水の陣 ]   2005年09月12日 02:35
本当ブログを閉鎖しようかと思った。 ていうからいぶどあのぶろぐを辞めてほかのところで始めようかと。。。 先ほどまで熱い想いをこめて文章を綴っていたわけだが、 BSキーで文章を消したところ押しすぎたのか、ピッという音とともに文章がすべ て消えてしまった。あ....
2.   [ 人生が背水の陣 ]   2005年09月12日 02:59
本当ブログを閉鎖しようかと思った。 ていうかライブドアのブログを辞めてほかのところで始めようかと。。。 先ほどまで熱い想いをこめて文章を綴っていたわけだが、 BSキーで文章を消したところ押しすぎたのか、ピッという音とともに文章がすべ て消えてしまった。あ....

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1. Posted by here.   2014年05月11日 02:01
silver cigarette case なんでも評点:ベスラン学校人質事件を生き延びたゲオルグ少年(前編)

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