なんでも評点:ヴェロキラプトル:《厄災パラレルワールド》

2022年02月19日

ヴェロキラプトル:《厄災パラレルワールド》


ヴェロキラプトル

《厄災パラレルワールド》その2

東京府をはじめとする関東圏には、いくつもの治外法権エリアがあるが、テツが興味を引かれたのは江東区の埋立地である。無数に立ち並ぶ倉庫や工場が津波による水害と火災を交互に受けて荒れ果てた後に、国籍も定かでない無法者たちが無数に流れ込んで来て、彼らの流儀により不衛生で暴力的な街を築き上げた。
Velociraptor

ここでの集客資源は、酒、大麻・合成麻薬、売春、ギャンブル、そして見物人のギャンブルを兼ねた格闘技である。素人の一般人が地下でトレーニングを積んで、工場跡地に造られた「コロシアム」で命がけの勝負に身を投じる。

勝負は、どちらかが意識または戦意を失うまで続けられる。敗者が死ぬことも珍しくない。一種のファイトクラブであり、震災で荒廃した風景と風土の中、古い劇画にちなんで「バイオレンスジャック」や「ケンシロウ」と名乗る強者もいる。

治外法権エリアでは、人と人のファイト以外に、人と猛獣の決闘も人気コンテンツとなっていた。テツは、これらの出し物も興味深く観察したが、猛獣の姿が異様だった。ライオンやクマなどのありふれた猛獣ではない。哺乳類ではない場合も多い。

小型でも敵に回したときに高い殺傷力を発揮するヴェロキラプトルを例外としてサイズもはるかに大きい。

体長六メートル以上だが動きが予想外に軽い大型ナマケモノ(メガテリウム)、体長二・五メートルの巨大ビーバー(カストロイデス)、体長三メートル超の巨大アルマジロ(グリプトドン)など、恐竜絶滅の約10万年前から約100万年後、地球の重力が今より弱かった時代に巨大化した哺乳類のほか、深い羽毛に包まれている各種肉食恐竜がいた。

ローマ軍の剣闘士のようないでたちで剣と盾を構えた男が一人で猛獣と闘う。小さな人間が巨大な敵と闘う光景はスリル満点だ。だが、実はほとんどの場合、闘士の圧勝に終わる。巨大ナマケモノや巨大ビーバーは草食動物であるがゆえに攻撃力に欠けるとしても、俊敏で知能が高いと言われるヴェロキラプトルが弱いのはなぜか?

あるときテツがコロシアム戦を観戦していると、群衆の中で隣に立った砂漠民のような服装の人物が衣類の一部に顔を隠したまま、音声ではなく思念で話しかけた。「ここにいるケモノたちはネオテニー化されているため普通より小ぶりだし、愛情が欠けた環境で育ったため、身体機能の成熟不全がある。だから弱い。人間同士で闘うより、ケモノを相手にした方が楽だよ。

「もっともケモノが愛情たっぷりに育てられた場合は、人間と闘ったりしようとしないし、肉食獣が本来の被食者である草食獣とさえ兄弟のように仲良く過ごしたりするんだがね」と付け加えると「砂漠民」は姿を消した。

§ § § 

国籍不明な治外法権エリアの住民の多くは、米国に次いで政治統治者選びの混迷から内戦状態に陥って分断された中国の出身者だと思われる。江東区エリアには、特に、「四本足はテーブル以外何でも食する」と称される広東出身者が多い。

テツは、この一帯に多い広東料理店に吸い寄せられるように出入りしている。特に、タオという名の店は、隣接する闘技場で「グラディエーター」たちに狩られたジビエの肉が美味い。

特にラプトルの肉は清澄で香りが高く、高級ブランド鶏の肉を思わせる旨さだ。テツは、特に生の部分が残ったラプトルのタタキに目がない。大手酒造メーカーの蒸留所から震災後の混乱の中盗み出されたに違いないウイスキーを煽りながら、こんなものを美味そうに食べていたら誰かに叱られそうな気がする。それは小さな女の子だった気がする。

「おにいさん、ラプトルの食べ過ぎはおなか壊すよ」と隣のカウンター席にいた女の子に注意された。ヴェロキラプトルの脂肪は鹿の脂肪と同様、人間の消化器では消化しにくい。だから、特にタタキで食べるときは要注意だ。ノースリーブのチャイナドレスを着用したその女の子はまだ十代だと見えるが売春婦なのだろう。ここは治外法権だ。なんでもありなのだ。

テツは、震災に遭い、多くの記憶を失ったが、自分がかつて麻雀打ちだったことを覚えている。敗者がドブ板の上で横たわって死を待つ各地の賭博街を渡り歩いてきたテツは、周りに溶け込むのは良いが周りに呑まれるのは愚かだと知っている。「おにいさん、何か飲ませてよ」と女の子がせがんでくる。テツは、無言でうなずいた。未成年でないことを確認するのも無意味だ。ここは治外法権なのだから。

女の子は日本酒の大吟醸を注文した。これもまたどこかの造り酒屋から盗み出されたのであろうと思われる一升瓶からぐい飲みに注がれた酒を手にしながらテツ女が言う。「あたし、日本生まれだよ。日本人じゃないけど、大吟醸酒には日本の心が通っていると思うのね。あたしはリンというの。ここのバンドで歌っているわ。これを飲んだらステージに立つね」

リンは売春婦ではなく、広東料理店タオの常設ジャズバンドで歌っているシンガーだった。その日のリンの一曲目はTake Fiveだった。その変則五拍子が記憶喪失のテツの臓腑にねじ込まれる。キーは高いのだが、リンの歌声は十代と思えない野太さだ。高く通る澄んだ声が分厚い低倍音の濃霧に包まれている。十代ではないかもしれない。

- 逝去した友、鉄士に捧ぐ

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