2009年09月03日

誰か(異性でもOK)と体が入れ替わるボディ・スワップ・イリュージョンが現実化・・・もとい仮想現実化


被験者を人形や女性に乗り移らせる実験

何かの拍子に誰かと体が入れ替わってしまうという筋書きのフィクションは決して珍しくない。むさくるしい中年男と美少女、あまり意思疎通のできなかった親子同士、赤の他人同士など、さまざまなペアの人物の体が入れ替わってしまう。これと似た現象を人工的に引き起こす実験がスウェーデンで行われている。ストックホルムのカロリンスカ研究所に所属するヴァレリア・ペトコヴァ女史とヘンリック・アーソン氏は、この実験がもたらす疑似体験を"ボディ・スワップ(身体交換)イリュージョン"と呼んでいる。

厳密に言うと「スワップ(交換)」ではない。入れ替わるのではなく、いわば被験者が一方的に対象の中に"乗り移る"。対象が自分の体だと錯覚してしまう。だから「イリュージョン」なのだ。"乗り移る"対象は人間でなくてもよく、無生物でも構わない。もっとも、被験者が対象の中に入り込んだかのように感じるには、対象ができるだけ人間に近い形状をしている必要がある。

本稿執筆時点でペトコヴァ女史らが報告している実験には2通りあり、一方では男性のマネキン人形、もう一方では女性研究者が"一方的乗り移り"の対象となった。どちらの実験も、被験者には男女両方が含まれていた。つまり、女性被験者が男性マネキンに乗り移ることはさておき、男性被験者が女性研究者に乗り移るわけであり、なんだかイケナイことを想像してしまいかねない。

それが起こる瞬間

さて、いったいどんな仕掛けで被験者を対象に乗り移らせてしまうのだろうか? 脳に電極を差し込んだり、過激なことをするのではないか、とご心配の読者がいるかもしれないが、仕組み自体はいたって簡単。被験者は、乗り移り対象から見た視野を与えられる。つまり、乗り移り対象はカメラを装着している。被験者はヘッドセットを装着している。

このヘッドセットは被験者の目を完全に覆っている。乗り移り対象となる男性マネキンまたは女性研究者の頭部に装着されたビデオ・カメラから3D映像がヘッドセットに送られる。こうして被験者には、マネキンまたは女性研究者から見た視野だけが見える。それが自分の視野だと受け取ってしまう。

マネキンを対象とする実験では、被験者がマネキンと向き合って座り、研究者が被験者の腹部とマネキンの腹部を別々の棒(プローブ)で同時にタッチする。マネキンへの乗り移りが起こるのは、このときである。いま棒で突かれているのはマネキンの方であり、そして自分はマネキンなのだと感じてしまうのだ。

女性研究者に"乗り移る"実験では、女性研究者が被験者と向かい合わせに座って、被験者と握手する。その瞬間、被験者は自分が女性研究者の体の中にいて、目の前にいる自分の体に付属している手と握手していると感じてしまう。

どちらの実験でも、"乗り移り"が起きてから10秒ないしは12秒が経過すると、自分はマネキンまたは女性研究者の中から外を見ているのだと、ごく自然に感じるようになる。

最初に行われたマネキンとの身体交換(ボディ・スワップ)実験には、男女16人ずつの被験者が参加した。実験中に体験したことを後で質問票に記入させたところ、被験者たちは自分の体がマネキンになったと感じたことを一様に認めた。そして、自分が体を動かせばマネキンが動くはずだと自然に思い込んだという。つまり、自分の体が微動だにせぬプラスチック製の体になったと感じたわけではない。

ナイフが腕をかすめる

マネキンとの身体交換については、被験者を10人集めて、もう1つ別の実験も行われた。ナイフを使う、ちょっぴり物騒な実験である。"乗り移り"状態でマネキンの腕すれすれにナイフをかざすと、被験者は自分の腕が切られそうに感じてしまう。その緊張感を示す電気的反応が被験者の指先の皮膚に認められたのだ。ところが、被験者本人の腕すれすれにナイフをかざしても、そのような電気的反応は生じない。自分はマネキンの中にいると感じているからだ。

ナイフを使った実験は、被験者が女性研究者に"乗り移った"ケースについても行われた。身体交換イリュージョンが起きた状態で女性研究者の腕すれすれにナイフをかざすと、やはり被験者たちは自分の腕が切られるのではないかと緊張を高める。そして、被験者自身の腕にナイフを近づけても、被験者が緊張感を覚えることはない。

さて、催眠術でも催眠状態から覚ます約束事が必要となるが、被験者の意識を自分本来の体の中に戻すには、どうすればよいのだろう? 実は、瞬時に元の体に戻すことができる。研究者が被験者の腕をブラシでこするだけで、たちまちにして身体交換イリュージョンが終わってしまう。被験者は腕をこすられるだけで、ヘッドセットを通じて見えている視野が自分のものではないことに目覚め、元の体に戻ってしまう。

これらの実験には男女両方の被験者が参加したわけだが、体験の内容に性差はないという。女性被験者は、何の抵抗感もなく男性マネキンの中に入り込むことができる。そして、男性被験者は、ごく自然に女性研究者の体内に入ってしまう。

ペトコヴァ女史とアーソン氏は、2008年11月17日に開催された神経科学学会の年次会合で、これらの実験に関する報告を行った。ペトコヴァ女史は言う。「被験者たちは、このイリュージョンを面白くて奇妙な体験だと感じています。ボディ・スワップをまた体験したいという人が多いですね」

どう応用できるのか?

さて、身体交換イリュージョンには、今後どのような応用が考えられるだろう? ペトコヴァ女史は、この錯覚現象を自己同一性や精神障害に関する研究に応用できるのではないかと考えている。その対象としては、自分の姿形が醜いと思い込んでしまう身体醜形障害も含まれるという。もちろん、バーチャル・リアリティへの応用も考えられるところである。

特に欧米では、モデルのような体になりたくて拒食症などに陥る若い女性が多いことが問題になっている。しかし、ペトコヴァ女史らが開発したシステムを使えば、どんなにスタイルに自信のない女性でも、一瞬にしてスレンダーなモデルに変身することができる。そして鏡に映った自分の姿を見れば、胸がすく思いがすることだろう。もっともイリュージョンが覚めれば、元どおりの体が待っているわけだが。

しかしまあ、ひねくれ者の筆者など、良からぬ方面への応用も可能ではないかと考えてしまう。たとえば、一種の拷問方法としても使えるだろう。誰かを人形に"乗り移らせ"、その人形をずたずたに引き裂く。痛みは伴わないが恐怖が伴う。あるいは、誰かを人間以外の動物に乗り移らせて屈辱を味合わせる、など。ま、筆者はあまりS気がないので、こっち方面では想像力が広がらない。

むしろ、エロチックな方面への応用の方が面白そうだ。たとえば、カップル同士が互いにカメラ付きヘッドセットを装着して愛の営みにふけるというのはどうだろう。誰しも、もし自分が女だったら?男だったら?と想像したことがあるはず。それを簡単に実現できてしまうのだ。しかも、双方がカメラとヘッドセットを装着しているので、完全なスワップ(交換)状態になる。とはいえ、女性にあの部分はないし、男性にあの部分はない。自分に備わっていない器官への刺激についてもボディ・スワップ・イリュージョンが起きるかどうか、そこが最大の課題だ。

【付記】

この1週間ほど、本業での調べ物に必要な以外はネットを見る暇もないほど、過密スケジュールが続いている。そのため、ブログもまったく更新できないまま時間が過ぎてしまった。しかも、金曜日には上京して1泊する予定があり、帰阪後も過密スケジュールが数日は続く。

実は上の記事を書いたのは、昨年の11月のことである。ただし、このブログで公開した記事ではない。コンピュータ月刊誌“Windows Server World”に「人間とコンピュータのあいまいなカンケイ」というコラムを連載しているのだが、上は、その5回目の記事である(編集上の理由などにより、誌面とは一部違いがあるが)。

よく考えてみれば著作権者は私なので、これくらい時間を空けてからなら、ブログで公開してもよかったわけだ。「人間とコンピュータのあいまいなカンケイ」には、上のような感じのコラムを毎回書いている。つい一昨日も第14回の記事を書き終えたばかり。

もう連載も14回目だし、ぜひ書籍化したいところなのだが、3か月ほど前に編集部を訪問した際に打診したところ、難しそうということだった。じゃあ、電子書籍にでもしてやろうかなんて考えている。

今回は、一応、どんな記事を書いているかというサンプルとして、そして更新停滞中の穴埋めとして、こちらに掲載してみた次第。




■ Reference: Your Body Is Mine / Science News ほか

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この記事へのコメント

1. Posted by まる   2009年09月03日 16:39
ちょっとやってみたい
2. Posted by AK   2009年09月03日 23:16
私もやってみたいなあ
3. Posted by     2009年09月03日 23:25
確かに興味深い暗示手法ですね。
こんなに簡易でしかも意識がありながらここまで思い込みが生じるなんて。

しかし自分の腕をブラシでこすられたら元に戻る程度の暗示ということなら、それは催眠というより“錯覚”の域に収まってると思う。
スワップしている体が本当にナイフで傷付けられたら、傷付けられる寸前まで恐怖を感じても、実際刺されたら痛みを感じないため、その場合もやはり暗示から醒めるんじゃないでしょうか。あるいはスワップした体にブラシをこするだけでも同じように醒めるかもしれない。その辺の言及がないということは、その可能性は大。

お互いがこの装置を装着するという点においては、ヘッドセットがどの程度の大きさなのかという問題もありますね。
完全に目を覆うとしている以上、お互いがその状態だとスワップしても不自然に思えるでしょう。
しかもこの場合、本人の体もスワップしてる体もお互いが自在に動かすことが出来ません。誘導者がいれば別かもしれませんが、この不自由は錯覚から醒める要因になるでしょうね。

ともあれこの先の進歩に期待したい面白い研究結果です。
地球にいながら宇宙飛行士と同じ体験が出来るようになったら楽しいですね。
4. Posted by 村人M   2009年09月04日 00:33
面白い記事ですね。
被験者を猿にしたりするとどうなるのか、なんていうのも実験してみて欲しいですね。

他のコラムも読みたいので是非書籍化してもらいたいですが、難しいですか。
機会が巡ってくると良いですね。
5. Posted by ココ   2009年09月10日 13:21
Wiiなんかの体を動かすタイプのゲームが進化した場合、人間の精神に与える影響が大きくなるということか。
ゲームをしているときについ体が動いてしまう人なんかは効果が大きいんじゃないかな?

十年以上前のアニメで、最近また映画化された「エヴァンゲリオン」なんかも連想させるね。
6. Posted by yyy   2009年09月10日 17:12
悪ぃ、全然わかんねぇや
7. Posted by 八谷和彦   2010年05月17日 00:09
大変興味深い記事です。というのは、1993年にそのような装置を作っていたからですが(リンク参照)。視聴覚交換マシンという作品で、HMDとカメラを使い、映像および音をお互いに交換する、というものです。(通信にはトランスミッタを使用)。体験者に起こるのはまさしくこういうボディスワップでした。
8. Posted by boyaci   2012年01月17日 04:32
Wiiなんかの体を動かすタイプのゲームが進化した場合、人間の精神に与える影響が大きくなるということか。
ゲームをしているときについ体が動いてしまう人なんかは効果が大きいんじゃないかな?

十年以上前のアニメで、最近また映画化された「エヴァンゲリオン」なんかも連想させるね
9. Posted by Relationship Tips by Top Psychology   2012年12月12日 14:51
本人の体もスワップしてる体もお互いが自在に動かすことが出来ません。誘導者がいれば別かもしれませんが、この不自由は錯覚から醒める要因になるでしょうね
10. Posted by seo services   2012年12月17日 18:47
しかもこの場合、本人の体もスワップしてる体もお互いが自在に動かすことが出来ません
11. Posted by short term loans   2012年12月21日 16:19
視聴覚交換マシンという作品で、HMDとカメラを使い、映像および音をお互いに交換する、というものです。(通信にはトランスミッタを使用)。体験者に起こるのはまさしくこういうボディスワップでした。
12. Posted by Jocuri cu benten   2012年12月24日 08:16
しかもこの場合、本人の体もスワップしてる体もお互いが自在に動かすことが出来ません。誘導者がいれば別かもしれませんが、この不自由は錯覚から醒める要因になるでしょうね。
13. Posted by Posicionamiento web   2012年12月25日 03:48
被験者を猿にしたりするとどうなるのか、なんていうのも実験してみて欲しいですね。
14. Posted by marketing greenville sc   2013年01月02日 03:44
Wiiなんかの体を動かすタイプのゲームが進化した場合、人間の精神に与える影響が大きくなるということか。
15. Posted by tablas para picar   2013年01月08日 08:04
しかもこの場合、本人の体もスワップしてる体もお互いが自在に動かすことが出来ません。誘導者がいれば別かもしれませんが、この不自由は錯覚から醒める要因になるでしょうね。
16. Posted by Acompañantes Madrid   2013年01月11日 02:36
お互いがこの装置を装着するという点においては、ヘッドセットがどの程度の大きさなのかという問題もありますね。
17. Posted by click through the following web site   2014年05月11日 07:36
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