2009年04月19日

テレビはもう死んでいる?(その1)


またもや更新が大幅に滞ってしまった。海外の珍ニュースをネタにした記事はもう当分書けそうにない。そこで、かなり主観の濃いコラム的記事を書いてお茶を濁すことにする。

今まで自説を主張する系の記事は書かないスタンスを取ってきた。この記事でもそれは同じなのだが、「テレビはもう死んでいる?」の題名そのままに、昨今のテレビを巡る情勢を見ていて感じること、あるいは書籍やブログを通じてテレビと多少関わり合いになって感じたことをなるべくストレートに書いてみようと思う。

何度か連載というかたちになりそうなので、その1としておく。(なお、PCで見ている人には改行の幅が広く見えると思われるが、ライブドアニュースへの配信と携帯版ブログの両方の制限に対応するための処置なので、ご容赦願いたい)。

■自著がテレビで紹介されると聞いて舞い上がった馬鹿な私


あれは確か、去年の2月の連休前、当ブログ発の書籍『世界のありえな〜い100選』が刊行されてから1週間経ったか経たないかのタイミングだった。担当編集者に大阪の読売テレビから電話があった。『世界のありえな〜い100選』を番組で紹介させてもらいたいという話だった。


一時全国放送になったこともある情報番組「なるトモ!」の中で書籍を紹介してもらえるという話がいきなり舞い込んできたのだ。東日本にお住まいの人でも、「なるトモ!」が全国放送されていた一時期(2005年10月〜2006年3月)にこの番組をちらっとでも見たことがあるかもしれない。


関西ではそこそこ人気のある番組だったと思う。「だった」と過去形で書いたが、「なるトモ!」は2009年3月をもって終了してしまった。しかし、番組で書籍を紹介してもらえるという話があった当時は、なるみと共に司会を務めていた陣内智則が藤原紀香と結婚してまだ間もないころであり、まさかその陣内が半年後に司会をおろされ、1年後には番組自体が消えてしまうなど、視聴者は誰しも予想していなかっただろう。陣内智則と藤原紀香が長続きしないことは予想に難くなかったかもしれないが。


無名な著者の本が刊行後すぐにテレビで紹介してもらえるなんて、本当に幸先のよい話だった。担当編集者も相当に手応えを感じていたことだろう。私の方も、節操もなく関西の知人に本が紹介されることを触れ回った。しかし、連休明け、担当編集者から落胆しきった声で電話が入った。


紹介の話が急遽取りやめになったというではないか。断りの電話を入れてきたのは、紹介させてほしいと言ってきたディレクタとは別の人物。担当編集者によれば、最初に連絡してきた人物より上層のディレクタではないかということだった。彼と二人でいろいろ憶測を巡らせてみたが、現場レベルのディレクタはおそらくたまたま「なんでも評点」を知っていて紹介してみようと思ったっぽかった。


しかし、上層部から見ると、どこのウマの骨ともわからない著者の本をわざわざ紹介してやる必要などない、と判断したのか。あるいは、同じ番組か別の番組で「なんでも評点」を過去にネタ拾いに使っていたため、同じネタが収録されている書籍を番組で紹介するのはまずいではないか、という話になったのか。むろん、これらはただの憶測である。断りを入れてきたディレクタは、担当編集者に“ドタキャン”の理由を決して具体的に話そうとしなかったという。


(そういえば、筆者がまだ20代前半だったころ、コネで某タブロイド紙に記者として採用してもらえそうな話になったことがあるのだが、そのときもなぜか採用をドタキャンされた。思い当たることと言えば、親戚に新興宗教の幹部がいたこと、肉親がその昔、[本人の話によれば、それもかなりラジカルな]共産党員だったこと、私自身がまだ成人年齢に達していないときにストリートファイトで警察のお世話になったこと、学生時代何も知らずにバイトしていた雀荘の経営者が実は解散した組の偉いさんだったことくらい)。


非常に残念な話だが、こちらは一方的に恩恵を被る側の立場である。何の文句も言えない。その当時、こんな話があるくらいなら、別のテレビ番組から声がかかることもあるのではないか、と浅はかな期待を抱いていたことを思い出す。残念ではあるが、きっと次があるだろう、と。


だが、今考えてみれば、世の中そんなに甘くはないのだ。担当編集者があちこちに献本してくれたみたいなのだが、雑誌や新聞等にまともに書評を書いてもらえることもなく時が過ぎていった。


実は、『世界のありえな〜い100選』という本が出来る過程で、筆者自身がひどく落胆させられた事情もあった。悪評を買った表紙の問題がそうである。辞典調の重厚な表紙に金文字をあしらった表紙になると聞かされていたのに、いざ出来上がってきた表紙を見て、開いた口がふさがらなかった。なんと安っぽい表紙であることか、と。帯には、有名人の紹介文が入ると聞いていたのに、それも果たされなかった。


版元はやる気がないのか。そう思って、担当編集者やその上司の人に不満をぶつけた。すると、決して本を刷りっぱなしにするつもりはない、との答えだった。しかし、現状は、お金をかけたプロモーションらしきものは一切なく、あわよくばメディアで紹介してもらえるのではないかという消極的構え。


そんな受け身の姿勢のところに、降って湧いたようなテレビ紹介の話。今考えれば、出来すぎた話だったのだ。当ブログの珍ニュース記事にもよくあるように、出来すぎた話は期待はずれな結果になることが多い。まあ、「なるトモ!」で紹介してもらえなかったからといって、こちらに何らかの損害が生じたわけでもない(版元では、「なるトモで紹介されました」のPR文を刷り込んだ注文用紙をすでに作成していて、書店に配布しようとしているときに断りの電話があったらしいので、あえて言えばそれが“損害”か)。


まあ、こんな話を当ブログに書くことはないと思っていたが、「なるトモ!」は打ち切りになったし、担当編集者は別の出版社に移籍してしまったし、これまで奥歯に物の挟まった言い方しかできなかったのが歯がゆいのもあるし・・・。


ともあれ、本が出てから2か月くらいは、実に浅はかで、くだらない思考回路に陥っていた。「なるトモ!」からはドタキャンを喰らったものの、もしかしたら別のテレビ番組で紹介してもらえる話が来るのではないか。だからなるべくテレビの悪口は言わないようにしていよう、と。もっと突っ込んで言えば、内心はテレビというメディアに相当な不信感と軽蔑に近い思いすら抱いているのに、テレビで著書を紹介してもらえたらそんな幸せなことはない、という節操のない自己矛盾。


まあ、私は気が短いので、本が出てわずか3か月後には次のような記事を書いて、某テレビ局の番組作りを揶揄ってみたりした。





この記事には、ものの見事にntv社内から多数のアクセスがあったことを付け加えておこう。


そういえば、「なんでも評点」が“アボセンス”(Google Adsense広告の配信停止)を喰らったのは、上の記事とかでテレビ局を怒らせたせいではないかとコメントした人もいたが、Googleと日本のテレビ局は互いに別の次元にいるので交信できないはずだ。そもそもテレビ局関係者のネットリテラシーの低さは近頃何かと話題になっている(参考記事:大手テレビや新聞関係者 ネットリテラシーの低さ次々露呈 by J-CASTニュース)


■ 民放のビジネスモデルは風前の灯火らしい


先日、弁護士の先生に世話になったのだが、面談室に先生の著書が置かれていた。今年の3月に刊行されたばかりだという。「メディアで紹介されましたか?」と訊いてみると、ご自分が出演しておられる大阪ローカルのラジオ番組ではガンガンPRしているが、テレビではまだ一度も紹介してもらえていないとのこと。


そこで思わず、こんなふうに言葉を発してしまう自分がいた。「テレビで取り上げてもらえたら、一気に売れて、一気に増刷になりますよ」


著書の帯には、ある女性お笑い芸人の写真が大きく刷られている。推薦の言葉もある。「ウチは一円も損したくない。払いすぎたお金が戻ってくる」と。


事務所を後にして、ふと気がついた。テレビ番組は先生のこの本を紹介したがらないだろう、と。ただでさえCMの出稿が減っている中、大事なスポンサーを失いたくないだろうから。具体的に言えば、サラ金業者である。この本では、サラ金業者に過去に払いすぎたお金を取り戻す話も大きく取り上げられているのだ。


そもそも“過払い金”の請求方法などを詳しく取り上げた民放のテレビ番組がいまだかつてあっただろうか? そんなことをしたら、請求対象となる一部のスポンサー企業が黙っていないだろう。


ともあれ、もともとテレビなんかに期待していなかった私が、いざ自著が出ると、テレビ番組で取り上げられることを切に願うようになった。


『世界のありえな〜い100選』の前にも出版企画が持ち上がったことがあり、そのときは編集者がコネを活かして「アンビリバボー」とタイアップしてもらうという青写真を描いていた。そんなこと絶対無理だろうと思っていた私がその理由をいろいろ説明しても、聞き入れてもらえなかった。結局、「アンビリバボー」から門前払いに近い扱いを喰らったらしく、編集者は一気にやる気をなくした。


いやその当時の私は、それでも出版は可能ではないかと思っていたから、いろいろ案を練ってあちら側に提案したが、だんだん反応が鈍くなってくる。いつの間にか、こちらから連絡を取ろうとしても、完全にシカトされるようになった。


本を出す側(著者ならびに版元)から言えば、テレビで紹介してもらえるかどうかで雲泥の差がある。テレビの側も実はその差をよく知っているのではないかと思う。とりわけ広告収入が激減している今、テレビ局は自ら主導権を握って書籍やDVDを売ろうとしている。


テレビは視聴者をあまりレスペクトしていないという話がある。知的レベルがあまり高くない“一般大衆”を想定して番組作りをしているのだ、と。一般大衆がCMに乗せられて商品を買ってくれたり、金を借りてくれたり、遊興施設に入り浸ってくれればいいだけのこと(もちろん、民放の場合の話だが)。


しかし、そのビジネスモデルも風前の灯火のようだ。なのに未だにテレビ会社正社員が高給をもらって悠々と暮らしている。しかも番組作りは、彼らの半分以下の給料しかもらえない制作会社の社員たちに任せっきりだという。昨年夏だったか、小倉智昭氏司会の特番を制作している制作会社から「とんでもない100選(ママ)」に収録されている話を取り上げたいと連絡があり、いろいろとやりとりしたことがあるが、担当ディレクタは連日のように職場に泊まり込んでいるらしく、疲労困憊しているのがありありと感じ取られた。


そのときも、テレビで紹介してもらえるなら・・・と協力を惜しまない構えになってしまったわけだが、結局、番組の最後のクレジット(エンドロール)に書籍名が出ただけだった。一瞬にして流れてしまうわけで、なんの効果も期待できなかった。しかも、その特番の放映時間は、ゴールデンタイムのはずだったのに夕方4時頃に変更されていた。


■ スポンサーより怖い存在がいるらしい


民放業界にとって、視聴者は決してお客様なんかではないのだろう。お客様はスポンサーを置いてほかにない。(かといって、受信料徴収システムに依拠しているNHKの肩を持つつもりなんか絶対にないのだが)。


ところが、民放にはスポンサーより怖い存在があるらしい。何の説明もなく、すべてのレギュラー番組から降板させられたお笑いタレントの北野誠氏の一件を見ていると、そのことを痛感させられる。


北野氏がすべてのレギュラー番組(テレビとラジオの両方)から降板させられた話が伝えられた当初は、所属先の松竹芸能が単に「特定の芸能関係者を中傷する発言があったため」としか発表しなかった。こういう場合、普通なら相手から名誉毀損で訴えられたりしてから話が進展するものである。ところが、すべて水面下で話がついてしまってからの発表である。つまり、視聴者を完全に無視したやり方だ。


中傷された相手がいったい誰であるかについては、松竹芸能も放送局側も明らかにしていない(説明責任を完全に放棄したかたちである)。このニュースが伝え始められたころは、その情報の薄さから、かのペッパーランチ事件を思い出してしまったほどだ。しかし、だんだん輪郭が浮かび上がってきた。


現時点では、相手が誰であるかをブログでずばりと指摘している有名人もいるし、一部週刊誌でもその人物の名が挙げられている。


真偽のほどは定かではないので、このブログではその人物の名前に具体的に言及せずにおく。しかし、仮に真実であるとするなら、今の民放業界は、視聴者をお客様と思っていないのはもちろんのこと、スポンサー様よりもっと怖い相手がいるということになる。しかも、その相手とは、人気タレントや俳優を番組に送り出す大手芸能事務所である。


他の業界に当てはめて考えるなら、人材を派遣する側の会社が派遣先に対して、これほどまでに支配力を持つことは考えられない。私の本業の方でも、翻訳/通訳エージェンシーは、ひいひい言いながら客の無理な要求に応えようとしている。


もちろん、テレビ業界でも、あくまで大手の芸能事務所が幅を利かしているだけであり、弱小事務所はいろいろと苦労しているらしいが(上の話が本当なら、松竹も大手に組み伏せられたかたちなので、まさしく苦労している側だろう)、たかだか芸能プロダクションが“権力”を行使できるほどにまで至ったのは実に不思議なことである(まあ、昔から“興行”には、ある種の組織の介在がつきものだったわけではあるが)。


(続く)






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この記事へのコメント

1. Posted by chonnono   2009年04月19日 05:38
4 TV局と広告代理店と芸能プロダクションなどのTVメディア界は、著作権・肖像権を盾にスクラム組んで既得権益を守ろうとする害虫の巣窟ですよ。

おかげでYouTubeに代表される海外の動画サービスが日本になだれ込み、日本での動画配信サービスは取り戻せないぐらい遅れてる。

海外で面白いコンテンツが日本語でしかも格安に制作され、それが日本に直接流れ込んでくるのは時間の問題かと。
2. Posted by kuro   2009年04月19日 10:10
いろいろ考えさせられることもあり、楽しく読ませてもらった。

自分は地方のTV関係の仕事をしているが、毎週取材のネタを探すのには苦労している。
地元の新聞や知人や投稿を参考にネタを練り、必ず裏づけを取る意味もこめてそのネタの先に取材を行う。

自分たちのところでは、『自分がした』取材の裏づけを取れていないと上からの放送の許可がおりない。(たとえ新聞の記事から作った花見の賑わいのコメントだろうと)


それを考えると、大手のこういった話を聞くと信じられなくなる。
自分で深く調べずに他人の記事を流用するなんて、後が怖くてできない。

ちょっと長くなりましたが、これから先の記事も楽しみに待ってます。
3. Posted by RR   2009年04月20日 03:10
芸能プロの力といえば
昔、某アイドルグループのメンバーが不祥事を起こしたときも容疑者と報道されていたのに
○○××メンバーと呼ばれるようになったのが有名ですよね
報道というある意味聖域といえるところまで力が及ぶんですから怖いもんです
4. Posted by 名無しさん   2009年04月20日 08:29
ラジオではその真逆で弁護士事務所のCMが流れて一ヶ月に一回ぐらいの割合で弁護士コーナーがあったりします

逆の視点からすると、ラジオは借金を背負っている人が多いメディア、ということになるのでしょうかねぇ・・・?
5. Posted by やな   2009年04月21日 13:24
5 はじめまして。
毎回楽しく見せていただいています。
著者についてなのですが、正直本屋であまり見かけません……。
きっとどこも売り切れてしまっているんですね、残念です。

記事についても触れさせていただきますが、「なるトモ!」の司会者だった陣内さんは、降ろされたのではなく、自ら降りたんですよ。
毎日大阪から東京、東京から大阪を新幹線で通っていたそうで、大変だったんでしょうね。

それでは、これからも楽しみにしています。
ただの事件もmiccckeyさんが取り上げることによって感動が増すように思えます。
頑張ってください☆
6. Posted by 某製作マン   2009年04月23日 09:52
私も某民放キー局の下請け製作会社に勤めています。
他の同業の方も書いているように、取材ソースの裏をとる作業は面倒な諸事です。
小〇智〇の〇〇ダネ!等は、司会の小〇智〇が自分の趣味嗜好だけで誰も興味もない韓流グループのCDを勝手に宣伝したり、昨日も放送終了後に手前勝手な交友関係にある、元某民放Dが監督を務めた意味不明な「なんちゃってミュージカル」を他の情報番組との重複も考えず、いきなりスタッフ会議で明日の番組トップにとゴリ押し決定するわ、で序でに、自分が哀れな片想いを寄せていたらしい、先日結婚を発表したばかりの某女性シンガーの現役最後の公演に年甲斐もなく馳せ参じた話をする為だけに、情報とライブ映像のソースを明日までに揃えろだのと、高給な手取りの半分をヅラの開発に費やすあの野郎は、完全に番組を私物化している。
しかも、度々、放送後に問題になる自身の無知傲慢から来る暴言を、製作スタッフの編集のせいにするような態度が許せない。

製作現場にとって恐ろしいのは、確かにスポンサーだけではありません。
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