G- なんでも評点:開通以来1000人が身投げしている南京長江大橋に颯爽と現れ、4年間で144人の自殺を阻止した男 ― 当然、中国にも善人はいる

2008年05月08日

開通以来1000人が身投げしている南京長江大橋に颯爽と現れ、4年間で144人の自殺を阻止した男 ― 当然、中国にも善人はいる


中国江蘇省の省都南京に全長4589m、幅19.5m、高さ70mの橋がある。1968年に完成した南京長江大橋である。人生に絶望して欄干を乗り越え身を投げる人が後を絶たない。その数、通算で1,000人前後と推定されている。
チェンさんという39歳の男性が、2004年の夏から毎週末欠かさず橋にやって来てはパトロールを続けている。先日、チェンさんが米国の“Los Angeles Times”の記者に語ったところによると、この4年間で144人に自殺を思いとどまらせたという。

チェンさんは2005年の1月にも英国BBCの取材を受けている。その時点で彼が自殺を思いとどまらせた人の数は“数十人(dozens)”と伝えられていた。以来、毎年30数人の命を救ってきたことになる。

チェンさんは公的機関に所属しているわけでもなければ、何らかの自殺防止組織に所属しているわけでもない。船会社に勤めていて、マネージャの仕事をしている。月給は300ドル足らず。独身ではない。妻と娘がいる。

まったくのボランティアであり、自殺防止組織やホットラインなどとも一切無関係に自分の信念だけに基づいて、自殺阻止のためのパトロールを続けている。しかも、橋から身を投げようとする人の多くは、経済的に困窮している。だから、自殺を思いとどまらせるだけでは済まないことが多い。

仕事を紹介してあげたり、当面の生活費や田舎に帰るための旅費を出してあげる必要も生じる。チェンさんは、300ドル足らずの月収から自腹を切って彼らを助けることにしている。このため、妻子を養うこともままならず、既に家庭は崩壊してしまっている。

チェンさんは、毎週末、早朝に起床し、バスに乗って南京長江大橋に出かける。今にも身を投げようとしている人はいないかと目を光らせる。つい最近の日曜の朝も、車道を挟んだ反対側の歩道にエプロンを着たままの挙動不審な女性がいるのを見つけた。

チェンさんが交通量の多い車道をなんとか横切って反対側にたどり着いたときには、その女性が既に欄干の上に登り始めていた。その向こう側は、70メートル下に長江の水面が待ち受けている。

「やめなさい」とチェンさんが声をかけると、女性は堰を切ったように泣き出した。こんなふうに相手が泣き出せば、経験を積んだチェンさんには相手を踏みとどまらせることができる。今回も例外ではなかった。

南京長江大橋は、長江にかかっている部分だけでも1.5キロの長さがある。だからチェンさんは、いつも双眼鏡で橋の上をくまなく探す。沈鬱感や破滅感を漂わせている人の姿を。

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チェンさんが自殺を防ぐために自分が何かをしないといけないと思うようになったのは、心通わせていた老人の死がきっかけだった。あれは2003年のこと。当時、田舎から都会に出てきて、野菜の行商で何とか生計を立てていたチェンさんは苦しい生活を送っていた。

野菜が売れ残ったりして落ち込んでいると、いつも近所の老人が彼を優しく慰めてくれた。しかし老人の家族は、この先、誰が彼の面倒を見るのかを巡って、いさかいが絶えなかった。それに悲嘆した老人は一切の食事を拒否するようになり、やがて飢え死にしてしまった。

「それが本当にショックだったのです」チェンさんは言う。「老人の家に行って、話相手になってやればよかった。そうすれば、彼は死なずに済んだかもしれない」

そして、その罪悪感がチェンさんを実行へと向かわせることになる。猛暑に襲われた2004年の夏のある日、彼は南京長江大橋の上に立った。身を投げようとしている人がいたら必ず思いとどまらせるのだと心に期して。

そして、その初日にチェンさんは今まさに身を投げようとしている男性に遭遇してしまう。チェンさんが気づいたとき、男性は既に靴を脱いでいて、欄干にまたがっていた。

チェンさんは、男性が長江に転落しないように、男性の腰をしっかりとつかんだ。すると、男性は無抵抗なままチェンさんに身を預けてきた。チェンさんが歩道の上に男性の体を押し付けると、男性は大声で泣き始めた。

男性が涙ながらに話したところによると、彼は農夫で、1作分の麦の収穫全部を南京に運んできたのだが、取引相手がその収穫をすべて持ち逃げしてしまったのだとういう。

このままでは村に帰ることができないし、妻子に合わせる顔がない。もうなすすべを失った彼は、ポケットに残っていた小銭で1本の酒を買い、酔いに任せて身を投げようとしたのだった。チェンさんは、農夫の話を聞いて彼をなぐさめた後、村への交通費を手渡してあげた。

窮地に立たされた人が本当に必要としているのは、誰かが進んで差し伸べてくれる救いの手なのです。たったそれだけのことが生と死を分けてしまうことがあります」とチェンさんは言う。

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しかし、チェンさんが差し伸べようとする手を余計なお世話だとばかりに拒絶しようとする人もいる。

シーさんという43歳の男性も最初、「あっちへ行け。お前には関係のないことだ」とチェンさんの救いの手をはねのけた。シーさんは、廃品回収を生業としているが、あるとき15,000ドルもの借金を背負うことになった。まだ10代の実の娘が白血病を患い、その治療のためにどうしても大金が必要になったのだ。

しかし、ローンの返済が滞り出すと、取立屋がシーさんを付け回すようになった。町の中を追いかけられ、友人たちの前で平手打ちを食らわされたことさえある。

もう首が回らなくなったシーさんは南京長江大橋の上に立った。身を投げれば、すべてが一瞬にして解消されるはずだった。そこへチェンさんが現れた。絶望の淵に落ちているシーさんにとって、それは余計なお世話としか思えなかった。だが結局、チェンさんの熱意が勝つ。

チェンさんに救われた人の多くは、チェンさんに連絡を寄越そうとしない。しかし、シーさんは数少ない例外の1人である。チェンさんは、シーさんが当面を乗り切ることができるように小額の融資をしている。ときどき、二人で安酒場に行き、酒を酌み交わすこともある。そのたびにチェンさんは、「すべてがうまく行くようになるさ」とシーさんを励ます。

この橋には彼みたいな人が必要なんです」シーさんは言う。「彼がいなければ、私だって今ここにいなかった」

ただし、チェンさんが毎回必ず自殺の阻止に成功してきたわけではない。気づいたときには既に身を投げていたというケースに4年間で50回は遭遇している。車を急に停車させ、川めがけて猛然と飛び出してくる人がいたりする。そんな場合は、阻止のしようがない。

そんなとき、チェンさんは無力感に襲われる。最初のころは、自分が悪いのだと思いがちだった。だが、今ではそんな絶望を味わったときには、自分がこれまでに救ってきた人たちのことを思い出すようにしている。その中には、たとえば次のような3人が含まれている。

  • 夫に捨てられた若妻

    ある日、目に涙をためた若い女性が橋の上を歩いているのを見つけたことがある。彼女はチェンさんの視線に気づくと、チェンさんを振り払おうとばかりに駆け出した。そして、あっという間に欄干によじ登ってしまう。

    チェンさんは女性が長江に落ちる寸前で、辛うじて彼女の右足をつかむことができた。両足の靴は既に水の中に落ちていた。チェンさんがなだめにかかると、女性は涙ながらに夫が自分と3か月の娘を残して家を出たことをゆっくりと話し始めた。自分は無学で、手に職もなく、このままでは娘を育てていけない。でも自分が死んだら、夫が家に戻ってきて、せめて我が子の面倒は見てくれるだろう、と。

    そして、女性はひざまずいた姿勢で「死にたいの。これ以上時間を取らせないでちょうだい」と言い放つ。だが、結局はチェンさんの熱意が勝ったことは言うまでもない。

  • 破産した社長

    高価な別荘を何軒も所有し、高級外車を乗り回し、何人も彼女がいた大金持ちが身を投げようとしているところに遭遇したこともある。彼は取引の失敗で、財産をすべて失くしてしまったのだった。

    彼は大男だった。チェンさんが歩道に膝をついて、辛うじて彼の体を歩道側に引っ張り込むことができた。「ねえ、お兄さん、一杯引っ掛けながら話をしませんか」とチェンさんが声をかけると、しぶしぶ同意する。

    いろいろ話をした後、お勘定の段になると、破産したはずの社長がズボンのすそを捲り上げる。なんと、靴下の中に札束が隠されていた。

  • 小さな挫折を乗り越えられない大学生

    身を投げようとしている若い男性を救ったことがある。彼は大学生だったが、チェンさんには彼がよほど甘やかされて育ったとしか思えなかった。

    彼の家は漁業を営んでいたが、洪水で大きな損失を被った。このため、彼の学費を借金でまかなうほかなくなった。学業は続けていけるのだが、こういう事情のため小遣いをもらえなくなった。

    彼には付き合っている女の子がいたのだが、自由になるお金がなくなると、急に冷たくなり振られてしまった。そのショックで身を投げようとしたのだという。


チェンさんにとって、自殺を思いとどまらせることよりも、その後、彼らが生きて行く理由を見つけ出してやることの方がはるかに難しいことも多い。

「私はいつだって、自分に任せてくれたら何だって解決してやるさ、と言うことにしています。嘘をついていることになりますね。でも、彼らに将来の希望を持たせるには、こうして嘘をつき続けるしかないのです」とチェンさんは言う。

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チェンさんは、2005年にBBCの取材を受けたとき、中国における自殺増加の背景には「貧富の差の拡大」があるのではないかと分析している。そして、(中国では)人と人の関係が冷淡化してしまったと指摘している。

チェンさんがそのことを痛感したのは、高層ビルからの飛び降り自殺を目撃したときのことだった。飛び降りようとしている人を地上の野次馬がはやしたてている光景を彼は今でも忘れることができない。

人間同士のつながりがこんなにも冷え切ってしまったのだと思い知りました」とチェンさんは言う。

そして、経済成長がますます貧富の差を拡大させている。その結果、底辺にいる人たちは往々にして絶望感を味わうことになるとチェンさんは指摘する。

「豪華なご馳走を食べている人たちがいる一方で、質素な野菜と大根の漬物くらいしか食べられない人たちがいます。こういう状況は精神的なアンバランス感を招きます。

「中国だけでなく、発展途上国の多くでは、このようなアンバランスが人々を自殺に向かわせる大きな要因になってきています。何もかもがますますお金中心に動くようになってきているのです」

給料の大部分を費やし、家庭を犠牲にし、身を粉にして自殺阻止に孤軍奮闘しているチェンさんの口から発せられた言葉だけに真実味がこもっているように感じられる。

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もともと当ブログでは、もっぱら悲喜こもごもな人間模様が浮き彫りにされている話に的を絞って中国発のニュースをわりと頻繁に取り上げてきた。しかし、“餃子事件”以来、中国の話に食指が動かなくなってしまった。私がネタ探しにますます苦労するようになった一因は、中国発のニュースをまたいで通るようになったためでもある。

私は、あのHeavenのチキータさんのように中国語が読めるわけではないので、中国発の珍ニュースと言っても常にソースとして参照する記事は英語である。上記のチェンさんのことを果たして中国語メディアが取り上げたことがあるのかどうかについても直接確認することができない。

ただ、チェンさんのことを取り上げている英語記事を検索しても、Los Angeles Times(以後“LAT”)とBBCの記事しかヒットしない。中国語メディアが取り上げた場合でも注目度の高そうなニュースはしばしば英語化される。それを考えると、中国語メディアはチェンさんのことを伝えていない(あるいは、あまり積極的に伝えようとしていない)ようだ。

訂正:コメント欄でHeavenのチキータさんがじきじきに教えてくださったのだが、チェンさんは、中国語メディアにしばしば登場しているとのこと。それらの情報が単に英語化されていないだけだった。「百度百科」にも記載があるとのこと。

さらに、上の記事では、途中で登場する“シーさん”と紛らわしくなるので、単にチェンさんと記していたが、英語表記のフルネームをカタカナ読みすると“チェン・シー”である。漢字表記は陳思だそうだ。(ご教示ありがとうございます>チキータさん)


チェンさんが“白髪三千丈”式に大風呂敷を広げ、自分の手柄を大幅に誇張してBBCとLATに語った可能性がないと言い切ることはできない。しかし、BBCの取材を受けてから3年後にLATの取材を受けている。そんなに長いスパンを置いて、記者の突っ込みの前に一貫性を維持できるものではなさそうだ。やはり、彼が語っている内容の大部分は真実のはず。

真実であるなら、チェンさんほど人間愛に溢れ、利他的で、なおかつ行動力の備わった人はめったにいない。そして、人生に絶望した人たちが死に場を求めて次々とやって来る南京長江大橋でチェンさんが孤軍奮闘するその姿は、けなげと言うほかない。

ネットを見ていると、日本国内の話であっても、「また大阪か!」に始まり、ある特定の地域の住民の気質や行動様式を悪い方面に画一化してこき下ろす傾向が認められる。しかし、どんな地域であろうと、いろんな人が暮らしている。みんなが同じ様式で思考したり行動したり、他人を出し抜いたり、堂々と悪事を重ねているわけがない。

南アにしても、当ブログで取り上げる話といえば、人間性のかけらも感じられないひどい話が大半だが、先日、それに反する話を取り上げたりもした。

近頃の中国のやり方を見ていると、全体主義の匂いがぷんぷんしている。われわれが身近に目にした最たるものが、この間の長野聖火リレーだろう。しかし、どんなに問題のある国であろうと、個人レベルでは志の高い人が必ずいる。そんなのは当然のことだ。分厚い全体主義的の影に覆い隠されながらも、チェンさんのように思いやりに満ちた人たちが大勢暮らしているに違いない。

筆者自身、その昔は、海外のあちこちで華僑たちの世話になった(ユダヤ人にも世話になったが)。それどころか、某国での滞在時には、中国本国からその国へ派遣されて来ていた技師たちと懇意にしていたこともある。私のリクエストに応えて、李白や杜甫の詩を朗々と吟唱してくれたあの声の響きが今も蘇る(冷戦末期の話である)。

われわれがある国に対して怒りを覚えるとき、憎むべき対象は民族や国民ではなく、その国の“体制”だろう。しかしまあ、わが国の“体制”の堕落ぶりも相当なものだと感じる今日この頃である。ま、私は超個人主義者なので、自分が“世紀末都市”の住民であろうが、“属国”の国民であろうが、とことんまで好き勝手に生きるだけのことだが。

なお、下のYoutubeビデオに南京長江大橋とその周辺の景観を見ることができる。






■Sources:



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この記事へのコメント

1. Posted by チキータ   2008年05月08日 11:13
ご無沙汰しております。HEAVENのチキータです。

さっそく調べてみましたところ、記事がざくざくと。私も存知ませんでしたが、中国国内ではかなり有名な方のようで、「百度百科」にも掲載されていました。
http://baike.baidu.com/view/69490.htm

名前は陳思さん。評点さんの素晴らしい記事に蛇足となることを承知で付け加えますと、彼はこのために心理学を勉強し、「心霊港湾(こころの港)」というサイトを立ち上げ、携帯の番号も公開して自殺しようとする人たちのカウンセリングを務めてもいるそうです。
2. Posted by miccckey   2008年05月08日 15:22
チキータさん

貴重な情報提供ありがとうございました。さっそく記事の中に訂正を入れておきました。
3. Posted by 経済学者の妻   2008年05月08日 16:20
壮絶な話ですね。ドロドロとした中に彼はどんな光を見出しているのでしょうか・・・。

「自分のため」にボランティアをする人は多いです。本当の意味で、「利他的」なボランティア・人助けをするのなら、自分の家庭は成り立たない・・・重い事実と思います。歴史的に「聖職者は家庭を持たないこと」が通例のようでした。

現在の日本は新興宗教やエセ聖職者が多いですが、見分けるには、その人がどんな家庭を持っているかということになるかと思います・・・。
4. Posted by ななし   2008年05月08日 20:48
チェンさんの家族がチェンさんの活動についてどう思っているのか聞いてみたいですね。
確かにチェンさんのしている活動はとても素晴らしいことだと思いますが、当の本人の家庭は崩壊してしまってるって言うことを聞くと手放しでは褒められなく感じてしまいます。
6. Posted by acan   2008年05月11日 21:08
実際世のため人のために動いていれば程度の差はあれ家庭がないがしろになるのは当然だと思いますが

一概に家庭環境を取り上げて崩壊してるから汚点だという論調はどうかと思います
家族の理解が得られる事と善行はまた別物でしょう

真摯に取り組んだ結果チェンさんの私生活に悪影響がでたとしても
彼の行動に非難される性質が加わるとは思えません
7. Posted by あ   2008年05月12日 21:45
いろいろ考えさせられる記事ですね。
8. Posted by 雪   2008年05月16日 14:01
菊地寛の「見投げ救助業」を彷彿とさせるな

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