書籍版評点

2008年04月02日

人間は同じ誤りを繰り返していると誤り自体を無意識下に覚えこんでしまい、さらに繰り返してしまう

どのスポーツにおいても正しい“フォーム”を身に付けることが大切である。野球なら、投球や打撃のフォームである。意識しなくても、すばやくスムーズにそのフォームで体を動かすことが要求される。だから体で覚えろなどとも言われる。
ダンスの場合でも、その都度、振り付けを思い出しながら踊っているようでは音楽とシンクロできないだろう。楽器を演奏する場合も、指使いをいちいち思い出していたら音楽にならないだろう。

しかし、こういった一連の“正しい手順”を覚えるまでが大変だ。何度練習しても同じところで間違ってしまったりする。カナダ・オンタリオ州のマックマスター大学の研究者たちによると、人間は同じミスを繰り返していると、そのミス自体を学習してしまうのだという。

“正しい手順”を身に付けようとして、すんなり覚えられれば問題はない。だが、練習中にどこかでトチってしまうと、その次に練習したときにも同じところでトチってしまうことがある。これを何度も繰り返していると、無意識のうちに間違いを学習してしまうというのだ。

筆者は翻訳の仕事を始めるまで、学習塾を経営していたことがある(その5年ほど前には予備校の講師をしていたこともあるが)。翻訳の仕事を始めた後も、しばらく学習塾と掛け持ちだった。しかし、地域で後発の個人塾に入塾してくるのは、学力が極端に低い中学生ばかり。

高校受験まで残り1年を切り、「これではどこにも行けない」と焦った親御さんが中3のお子さんを連れてくる。いわば駆け込み寺みたいな状態になっていた。その子らに英語や数学の問題を解かせてみると、必ず同じところでミスを繰り返す。

何度教えても効果はない。たとえば、英語なら三単現の“s”を毎回付け忘れてしまう。数学なら、マイナスとマイナスの掛け算がプラスになることを毎回忘れてしまう。

その当時は本当にもどかしくてたまらなかった。だが、マックマスター大学理学部のカーリン・ハンフリーズ准教授らが唱えている仮説を見かけて、目からウロコが落ちる思いがした。

人は同じ誤りを繰り返しているうちに、誤りのパターンを無意識に学習してしまうのではないか・・・とハンフリーズ准教授らは考えている。正しい手順を学習しようとしているのに、誤り自体を学習してしまうことがあるというのだ。

ハンフリーズ准教授がこのような仮説を立てて、実際に検証しようと考えたのは、自分自身の経験による。彼女は、自分がよく知っているはずの言葉が喉下まで出掛かって思い出せず、もどかしい思いを味わうことがよくあった。

知っているはずの言葉を思い出せない”という現象は、誰しも身に覚えがあるだろう。英語では、この現象に“tip-of-the-tongue”という立派な呼び名まで付けられている(略称:TOT)。脳に何らかの病変があって頻繁に“TOT現象”に陥る場合もあるが(実際、私の身内がアンモニア脳症のため、今この状態にある)、健常者にもごくありふれて起きることである。

ハンフリーズ准教授は、心理学/神経科学/行動科学科所属の学部学生エイミー・ベス・ワーリナさんの協力を得て、TOTに関する実験を実施することにした。この実験は、30名の学生を被験者として、以下のような手順で実施された。

  1. 言葉そのものではなく、その言葉を定義した文章を被験者に読ませる。

    たとえば、「棒または溝に沿って玉をスライドさせることにより計算を行う道具は何と呼ばれるか?」といった問いが与えられる(ま、この例の場合、日本人には馴染みの深い「そろばん」が答えなので、TOT現象に陥る人はめったにいないだろう)。

  2. それぞれの問いについて、その言葉を知っているか、知らないか、それともその言葉を知っているはずなのに思い出せないTOT現象に陥っているかを被験者に回答させる。

  3. 自分がTOT現象に陥っていると回答した被験者がいたら、無作為に10秒から30秒までの時間を余分に与え、言葉を思い出そうと努力させる。最後に全員に正解を教える。

  4. 2日後、被験者たちに再び同じ問いを与える。


上の手順4が、この実験の最重要ポイントである。手順3で全員に正解が教えられている。TOT現象に陥った被験者も、たった2日前に正解を知らされたことになる。わずか2日後のことなので、正解を覚えているのが普通だろう。

ところが第1日目に特定の言葉に対してTOT現象に陥った被験者は、2日後にも同じ言葉に対してTOT現象に陥る傾向が有意に高かった。しかも、その言葉を思い出そうと努力した時間が長かった被験者ほど、再びTOT現象に陥る傾向が高かったのである。

つまり、喉下まで出掛かっていて思い出せない言葉を思い出そうと努力し過ぎると、逆効果になるというわけである。ハンフリーズ准教授らによれば、タイヤが雪道で空回りしているようなものだという。車をなんとか発進させようと根気強くアクセルを踏んでも、わだちがますます深くなっていくだけで逆効果なのだ、と。

この実験でハンフリーズ准教授に協力した学部学生のワーリナさんは、TOT現象の再発を解決するための戦略を卒業論文のテーマにしている。彼女によれば、TOT状態が長く続かないように、できるだけ早く目的の言葉を辞書で調べたり、誰かに尋ねたりするのが効果的である。ただし、誰にも聞けない場合は、もう思い出そうとするのをやめた方が無難だという。ますます深みにはまってしまうからである。

TOT現象以外にも一般化して言えば、いくら練習しても勉強しても同じところでミスを犯してしまう場合は、それ以上頑張らない方が賢明だということになる。実際、これには心当たりのある人も多いだろう。しばらく、別のことに時間を費やした後で、もう一度チャレンジしてみると失敗せずに済むことがよくある。

練習や勉強だけでなく、何かを考え出したり、作り出したりしようとするときにも、同じところで行き詰ってしまうことがある。その場合は、上記と違うメカニズムが働いているのかもしれないが、やはり無理に先に進もうとせずに、気分転換した後で名案がひらめくことも多い。




■ Reference: Why we don't always learn from our mistakes

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1. ホーム/2008-04-02  [ とんかつ3号 隠れ亭 ]   2008年04月02日 07:14
おはようございます。 昨日TSUTAYAでアキハバラ@DEEPの5話〜8話を借りるついでに、何本かCDも借りてみました。「なつかしのアニメ・ソング・セレクション」を含む3本。 なんでしょうねぇ、アメトークでやっていたアニソン好き芸人の会を見たら、急に昔のアニソンが聴き...
2. 自分はひょっとしてこれ・・・?  [ SUPER GAP SYSTEM改 ]   2008年04月02日 23:35
なんでいつもダメなのか。ひょっとしたらこういう状態に自分を追い込んでしまっているのかも・・・と思い当たるサイトがあったんで。 なんでも評点:人間は同じ誤りを繰り返していると誤り自体を無意識下に覚えこんでしまい、さらに繰り返してしまう

この記事へのコメント

1. Posted by      2008年04月02日 04:47
相変わらず勉強になるなぁ。
2. Posted by      2008年04月02日 08:15
4 じゃあ、今やってるAha体験の一部分が、TOT人間生産番組になっちゃうんじゃ…。
思い出せそうで出せない言葉について3分間くらい考えるコーナーとか、この記事のやってはいけない行為にどんぴしゃだし。
…気をつけようっと。
3. Posted by ヌコ    2008年04月02日 09:13
つまり、正しい、間違いに関係なく、「繰り返したこと」が身に付くと言うことでしょうか。
確かに、目鱗ですね。
4. Posted by      2008年04月02日 21:06
無限ループってこえぇ
5. Posted by えりか    2008年04月02日 23:26
なるほど〜勉強になりました
6. Posted by モッチ    2008年04月03日 01:11
昔、半日かけて考えても結局解けずに最後は投げ出した数学の問題が、その数日後になんとなくまたやってみた時には、なぜか急に簡単に解くことができた、ということがあったのですが、本当にそうですね…「無理に先に進もうとせず、気分転換」。大事ですね。
7. Posted by 這龍    2008年04月03日 07:50
5 20へぇ〜
8. Posted by goi    2008年04月03日 11:33
休み癖、さぼり癖もこれに当たるんだろうね。
やる気はあるのに身体の方が行なうのを拒絶してしまう。

思い出そうとしてなかなか思い出せない、喉まで出掛かってあと一息が続かないもどかしさ。
動こうとしてなかなか動けない、あと一歩の踏ん張りが効かないもどかしさ。

正に空回りというのがぴったり来る。
9. Posted by ぎゃいーん    2008年04月03日 16:40
確かに勉強になりますね
10. Posted by 森尾    2008年04月05日 09:10
2日後だったら覚えていて当然だっていう仮定が危うい気がする。
TOTになるってことは元々その人にとって使用頻度の低い単語だったんだろうから、元々の重み付けも低くなってると思う。
一回思い出した(教えられた)ぐらいでその重み付けがそう簡単に変わるとは思えないど……。

やるならTOTになった人全員に答えを教えるんじゃなくて、片方は自力で思い出させて、片方は教える、みたいに比較対象を作らないと意味がない気がする。

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