G- なんでも評点:本の外見と中身が一致していないという件について

2008年03月31日

本の外見と中身が一致していないという件について


オーライフジャパンというブログのエントリによると、「ありえな〜い100選」という本が抱えている問題を最も端的に示しているのは「〜」の使用だという。なるほど、一理あるかもしれないと思った。「ありえな〜い」と延ばすタイトルは、私が気づいたときには既に編集部によって決定された後だった。
なんせ、版元は魔の年末進行の真っ最中だったし、私の方もうちの業界なりの年末進行の真っ最中だった。私の方から“お任せ”してしまった面もある。

まあ、コンセプト的にはちゃんと擦り合わせが出来ていたはずなのだ。要するに「世界中で起きた信じがたい(=ありえない)話」を100本集めた本というのが基本である。ただ単に無味乾燥なニュース記事として取り上げているのでないことは、実際に本を開いてもらえばすぐわかるはずだと考えていた。

とにかく、キャッチーな見出しが並んだ目次に目を通しただけで、きっと興味を持ってもらえるだろうと見ていた。だから、とにかくネタとしての珍奇さを第一に考えて100本のネタを選定したわけだ。

ネタとしての珍奇さと同じくらい重視した条件がもう1つある。読み物として面白いものになっているかどうか(あるいは加筆によって面白い読み物にできそうかどうか)という点である。しかも、読者の心に何らかのインパクトと余韻を与える読み物というのが重要なポイントだった。

しかしながら、装丁や帯、Amazon以外のオンライン書店に示されている紹介文を見る限りは、“読み物”という性質がまったく強調されておらず、ネタ本であることがひたすら前面に出されている。多くの書店でも、ネタ本という扱いを受けたらしき形跡がある。

今となっては後の祭りだが、ネタ本としての性質だけを強調するのはやめてほしいと版元に掛け合っておくべきだった。

ただそんな中でも、「ありえな〜い100選」を“エッセイ”に分類している書店もあり、いまだに平積みにしてくれていたりする。純然たる“エッセイ”なはずはないのだが、ネタ本としての性質だけを強調することに比べれば、本質に遠くないと言える気がする。

もっとも、筆者自身にも照れ屋な部分があり、ネタ本の皮を被りながら、読者の心を揺さぶる本になればいいかもしれない・・・と漠然たる案を持っていた。実際、大阪北新地のある飲み屋では、カウンターに「ありえな〜い100選」を並べて販売してくれている。

私がその店で客として飲んでいるときに、他の客が本を購入してくれたことが何度もあった。「どんな本ですか?」と聞かれると、「ま、一種のネタ本ですわ」と答えることが多い。ネタ本扱いをあまり面白く思っていない筆者自身がそう答えているのである。

ま、とりあえず読んでもらえれば、ただのネタ本でないことをわかってもらえると思うし、説明が難しいのでとりあえずわかりやすく「ネタ本」と称しているわけである。それに、酒の席でネタにするにはうってつけの話が実際に100本収録されているわけでもある。

しかし、購入してくれるかどうかわからない層にネタ本としてアピールしようとする場合は話が違う。その場合は、ネタ本に興味のある人にしかアピールしないからだ。

さて、当初描いていた青写真では、1冊目がそこそこ売れた場合は続編を出すということになっていた。以前の記事では、「サイエンス系」の記事を集めたものが続編になるだろう・・・みたいなことを書いていた。

本人は気に入っているのだが、「ありえな〜い100選」からは意図的に除外した話が多数に上る。それらの記事には「サイエンス系」のものが多い。それゆえ、続編は「サイエンス系」という話になっていた。

しかし今になってよく考えてみるに、ネタとしての珍奇さには欠けるが、話題自体に突っ込みどころが豊富で、筆者の主観的考察・分析・話題展開が占めるウエイトの大きい記事を除外した傾向が強い。筆者本人としては面白いと思うのだが、「ありえな〜い」には該当しない・・・といった判断によって除外したものが多いのである。

最近の記事では、以下がこれに該当する。



たしかに“サイエンス系”の話題が多いわけだが、筆者は学者でもなければ科学ジャーナリストでもない。権威も信用もないわけで、“サイエンス”の名を前面に出しても世間に認知されるとは思いにくい。ま、主にテクノロジー分野(メディカルも含む)の翻訳とライティングに長年従事してきたわけで、この手の話題を扱うことにズブの素人というわけでもないのだが、しょせんは裏方の人間である。

上に示したような系統の話題は、ほかにも200本はありそうだ。「ありえな〜い100選」を作るに当っては、こういった話題の多くを除外した。しかし、除外したこれらの話題の方が当ブログの常連読者の皆さんには受けがよさそうな気もする。

それに、こういった話題はまだまだ突っ込みどころが残っていたりする。本にするなら、こういった話題を中心に選ぶという選択肢もなかったわけではない。しかし、「ありえな〜い100選」の企画自体、最初は珍ニュースを中心に・・・ということで立ち上がった。それに、突っ込みどころがまだまだ残っているので、どうしても時間をかけて、もっとリファインしたいと思ったというのがある。

それゆえ、続編のために取っておくことにしたのだが、現状では同じ版元から続編が出る見込みは薄そうである。ほかからお話があったなら、「ありえな〜い100選」の版元に承諾を取った上、前向きに検討させていただくことにもやぶさかではないのだが。


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この記事へのコメント

1. Posted by まさみティー   2008年03月31日 06:28
うおわっ! どうもどうも
現役引退して久しいのに無闇矢鱈によく喋ってごめんなさい。

>ただのネタ本でないことをわかってもらえると思うし
やっぱりここがちょっと考え方の違うところ、かなあ…。
ネタ本目的で買った人には、エッセイがマイナス要因になる可能性が高いことを危惧しているんです。
ちょうど…そうだなあ、子供にウニやトマトを食べさせた後の感想みたいなのに関係が近いかな?
おいしいという感覚が人によって違うので、好き嫌いが両極端に分かれるあたり。

サイエンス系ならきっと経験談からのエッセイが活きてくるんじゃないかな、と思います。
実現したらいいですね。
2. Posted by あろは   2008年03月31日 07:10
出版社はトリビア本のような扱いにしてしまったのですね。
難しいイメージにすると手にさえとってもらえないだろうという出版社の考えはわかりますが、(最近は本を読まない人が増えてますしね)、もう少し年齢層やターゲットを絞った戦略を考えていたら中身と外見も一致してその層からの支持が得られたかもしれませんね。
3. Posted by jacklegdoc   2008年03月31日 11:42
サイエンス系のファンとしては続編を心待ちにしてるんですが、トントン拍子には行かなそうですね。コメントの指摘をクリアして記事もブラッシュアップするなら紙の形で永久保存したいぐらいなんですが。続編が出るなら表紙も知的な感じで、ブログ本コーナーで浮く位の方が良いかもしれませんね。サイトで候補をあげて投票で決めるとかは出来ないですよね。
人間の心理の神秘性とか不完全さとかに絡んだ話はこのサイトが秀逸だと思います。専門家の方が盲目的だったりオープンじゃなかったりするのか、一般読者に面白い話を提供する、ある種の橋渡しになってるとさえ感じます。裏方の人間だからこそ出来ることなのかも知れません。
4. Posted by shi-ta   2008年03月31日 11:45
第2弾が出て欲しいので微力ながら1冊購入しました。

それにしても本当に装丁が・・・上品な本ばかり並べているわけでは決してありませんが本棚の中で一冊浮いてます(涙)
5. Posted by 最近本を読み終えた   2008年04月01日 11:05
何にせよ、悪い点は早く浮き彫りになった方が良いでしょう。
次回はそこを踏まえて作れば、今回より売れる筈……?
6. Posted by モッチ   2008年04月01日 12:05
先日ミッキーさんの本をプレゼントした友達に本の感想を尋ねてみたら、すぐにおもしろいねー!と。なので話の流れの中もし第二段が出たら買う?と聞いてみたら彼女多分買わない、と。理由は単純で、タダであの100選以上を読めるサイトがあるなら本を手にするよりも手軽だから今度からはサイトへ行って読むわ♪と…。ブログを読む事で満足してしまっている人達ってきっと多いのかなーなんてチョット残念に思いました。
7. Posted by なるっち   2008年04月01日 21:26
本屋から出版社に返本された分から順次カバーだけ付け替えて再出荷、
というソリューションで万事解決…!?

中身は本当に素晴らしいので、外見(装丁とタイトル)だけが唯一にして最大の懸念ですよね。
8. Posted by click the next page   2014年05月10日 22:16
e-shisha pen なんでも評点:本の外見と中身が一致していないという件について

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