2007年05月11日

【悪文を回避する文章テクニック】第3回 ― 制約が多すぎると、逆に悪文が生じやすい。雑音と楽音を聞き分けよ!


定型的なフレーズの組み合わせだけで文が作成されるケース(株式市況とか天気予報のように)もある。そういう場合は例外として、文章作成は、基本的にアドリブまたはインプロバイゼーション(即興演奏)だと思う。個人的な日記であろうが、報道記事であろうが、学術論文であろうが、プレゼン資料であろうが、操作説明書であろうが、面白ネタ紹介であろうが。
文を書くというプロセスでは、次から次へと分岐が現れる。その中から最悪級の悪路に踏み入ることだけは何とか避けたい。最悪級の悪路さえ選ばなければ、そこそこ読める文になる。これが、この【悪文を回避する文章テクニック】と題した一連のシリーズ記事の基本コンセプトである。

第1回第2回では、助詞の「は」と「を」について、それぞれ触れた。細かい点にこだわっているように見えるかもしれない。だが、実のところ、大雑把で自由度の高い方法論を目指している。「最悪の選択さえさければ、なんとなかる」というスタンスなのだから。

「最良な表現」「最も正しい表現」はどれかを議論する気は端からない。ゆえに「的を得ない」は誤用で「的を射ない」が正しい・・・云々の議論とがっぷり四つに組み合うことを避けた。まあ実際、この2つに関しては諸説あり、今のところ「射る」が教科書上は正用とされているわけだ。とはいえ、日本語にせよ英語にせよ、実際には多くの人が使うようになってきている表現なのに、リンギスティックな意味において「それは誤用だ」と一刀両断にされがちな表現は無数に存在する。

このような表現はあまりにも多い。「次から次へと分岐が現れる」どころではない。それどころか、「足元に無数の地雷が敷き詰められている」と形容すべきほどである。私は、現実にアフリカの某国で反政府ゲリラが無数の地雷を埋設した土地に足を踏み入れたことがあるのだが、自力では一歩も前に踏み出すことができなかった。先導人の後ろを恐る恐る付いていくのがやっとだった。

“表現の地雷”を踏むことをいちいち気にしていたら、身動きが取れなくなってしまう。それが大げさだとしても、文意が読者に伝わることよりも、言葉遣い(あくまで一字一句レベルの言葉遣いの場合が大半だと思うが)にうるさい人たちの批判を避けることばかりに気をとられてしまう

ま、重箱の隅をつつくような指摘をしてくる人に素直に耳を傾けねばならないシチュエーションもある。相手が自分の顧客であったり上司であったとすれば、飯を食っていくためには相手のニーズに合わせる必要がある。実際、私にしろ本業の方では、顧客側から多少理不尽な要求があっても、極力それに合わせている。それもまた、プロとしての腕の見せ所であったりするわけだ。

だが、ブログ記事など、ネット上で不特定多数をオーディエンスとして文章を書く場合は、ちゃんと意味を正しく伝える文章を書けている限り、表現の揺れとか専門用語レベルの指摘には、あまりまめに対応しない方が無難だろう。とりわけ、指摘している相手がどこの誰かも分からない段階で、生真面目に対応するのはお人好し過ぎるというものだ。コメントの書き逃げということだって多々あるのだから。

当ブログでは、専門用語レベルの表現については本業のための勉強ともなるので極力調べてから正しい語句を採用するように心がけている一方で、リンギスティック・レベルで揺れのある表現については、あまり細かいことを気にせずに自分のフィーリングだけを頼りに使用することにしている。(本業の場合は、リンギスティック・レベルで揺れがちな表現についても、依頼元の指定・要求や読者層の期待に合わせて統一を徹底するわけだが)。

たとえば、つい最近の記事でも、「その絶対数は圧倒的に少ないだろう」という表現を使ったことがある。これもまた、“国語の番人”たちに言わせれば、ゆゆしき誤用である。圧倒的にという表現は、その修飾対象の規模や力の大きさを増幅するために使うのが本来の用途であったはずだからだ。だが、実際にはあまり違和感なく「圧倒的に少ない」とか「圧倒的に無名」みたいな表現が多用されるようにになってきている。

ずいぶん前にアメリカ人の知り合いに聞かされたのだが、昔は、複数の人間を指すときにpersonの複数形を使うのは間違いだと学校で教えられていたらしい。10人を“10 persons”と表現するのは間違いとされ、“10 people”と表現しなければ丸を付けてもらえなかった。こんなのは、日本語でも英語でも氷山の一角であり、枚挙にいとまがない。

■ 制約にも雑音と楽音がある

制約が多すぎると、逆に悪文が生じやすい。私はそう考える。

第2回で“槍玉”に上げさせていただいた役所関係の文書もある意味、制約が多いから、あんなふうになるのだろうと思う。その制約(具体的にどういう制約があるかについては検証を避けるが)に苦心惨憺する労力をもう少し、文の構成と読みやすさに割いていただいたら、“民衆”にも理解しやすい文になるのではないかと思うだけに残念な話である。

あなたは、米国製などの海外オリジンのソフトウェアのマニュアルを読んでいて苦痛を覚えた経験がないだろうか。それらのマニュアルの大部分は英語からの翻訳である。21世紀に入ってからマニュアルの英日翻訳の絶対量が“圧倒的に”激減したのだが、それまでは膨大な需要があった。

その需要を処理するには、多数の“にわか翻訳者”を動員する必要があった。彼らに無難な仕事をさせるには、最大限の制約を設けるのが最も合理的な手法とされた。だから、彼らは大きな制約の中で英文マニュアルを日本語に訳した。

具体的にどういう制約があったかというと、専門用語レベルでもリンギスティック・レベルでも、ほぼ一対一の対訳リストのようなものが用意され、それに準拠して作業しなければならなかった。にわかごしらえのリストには不備もあったが、急造翻訳者たちにとやかく突っ込んでこられたら、次から次へと仕事を抱えている管理側も対処のしようがなかった。

そして仕事量が“圧倒的に”減った現在では、彼らの残した翻訳をベースにして(リサイクル可能部分を流用して)、新しいバージョンの日本語訳が作成されている。現場では、流用を合理化するツールが多用されている。・・・マニュアルの日本語については、また別のシリーズとして記事を書くつもりなのでこれくらいにしておこう。

われわれが書こうとしている文章の目的と対象読者(あるいは依頼元)に応じて、絶対に服従しなければならない制約があるのは当然のことである。だが、不必要な制約はフィルターアウトしてもよい。いや、フィルターアウトして、できるだけ身軽になるべきだろう。

とりわけネット上(特にブログやサイト)で文章を書く場合は、制約に準拠することよりも、自分の言いたいことや伝えたい情報をわかりやすく言い表すことに、より多くの注意と労力と真心をこめるべきだと思う。

今回は、例文なしでの抽象的な文の書き連ねとなった。第3回と銘打ったものの、番外的な記事となってしまった。次回からは、もっと具体的な法則について触れて行きたいと考えている。とはいえ次回がいつになるかは、本人にもはっきりわからない。




【悪文を回避する文章テクニック】


この記事の先頭に戻る
 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by aequanimitas    2007年05月12日 00:58
5 自分は同業種の卵です。
以前から今までの記事も面白く読ませていただいていました。
日本語の文章を読む時に「どうも読みにくい。でもそれは何故?」ともどかしく思うことが度々ありました。
この企画では、その理由が具体的に解き明かされていて、毎回目からウロコです。
確かに万人向けではないかもしれませんが、このように役立たせていただいている者もいます。
個人的に文章は相手に通じてナンボと思っているので。
これからも続けていただけると嬉しいです。





2. Posted by 常連    2007年05月12日 01:30
仰天記事のファンとしては、揚げ足取られたりして面倒なことやめてほしいと前に書いたけど

そして「どんでん返し」に期待することも書いたけど

なるほど・・・これは卓見だと思いましたぜ。

仰天記事が面白く書かれている背景に、いろんなことがあったんだなとも思ったし。

3. Posted by ・    2007年05月12日 02:44
へんな言い方ですが、喧嘩が強そうですね。売られたケンカをむきになって買わずに咀嚼してしてから最もきょうれつな一撃を浴びせる。やられました。降参。
4. Posted by 月庵    2007年05月12日 02:44
現代の英語で "10 persons" が間違でもないということがちょっとした驚きです。今まで学校で徹底的に「型」を教え込まれてきた反動でしょうかね。

それはさておき、私はパソコンで文章を書くとき、ひとしきり書き上げた後に必ず少し椅子を後ろに下げて画面全体を眺めるようにしています。
できるだけ客観的に見ることで、自分の文章がぼんやり放つ「輪郭」のようなものが見るのではないかな、と。
たとえば言葉を並べ替えると見た目はどう変わるか、多用しやすい慣用句・間接語が適度にばらけているかどうか、句読点のバランスはどうか、上下右の空白はどうか、といった具合です。

これは直感に頼る私の個人的な趣向によるのかもしれませんが、文章の純粋な見た目も読む側にとっては案外大きな印象源になるのではないかと思います。
そういう意味でプレビュー機能がある掲示板なんかは書き込みやすかったりしますね(笑)
5. Posted by WWW    2007年05月12日 03:05
>>3
てか、釣りだったんじゃね? このエントリにも釣りっぽい言葉があるかもwww
6. Posted by      2007年05月13日 13:19
同業です。
経験的に、突っ込みどころのない完全な文章ほど、スルーされます。
7. Posted by よこ    2007年05月16日 03:40
ゴルゴ31から来ました。意味が伝わっていても重箱の隅を突く人いますよね。漫画とか劇画に対しても日本語の番人みたいな人達がいんねんつけてばかり。

この記事にコメントする

初めてお越しの方へ:コメントは承認制のため、表示されるまでに24時間以上かかることがあります。また、筆者がうっかり見落としていて表示されなかったり、他の理由により永久に表示されないこともあります。このサイトをあまり楽しくないと思っている方はコメントを入力するだけ時間の無駄のようです。
名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔