2007年05月05日

【悪文を回避する文章テクニック】第2回:「を」の二段重ねは読者泣かせ


第1回では、肝心のことを書き忘れていた。この企画が誰を対象(オーディエンス)として想定しているかを示していなかった。ひとことで言えば、「多数の人に読まれる文章を書く人」が対象となる。
その中には、ブログ記事を書いている人や、仕事などで多数の人に読まれる文章(報告書やビジネス文書、説明書など)を書いている人が含まれる。だが、私は別に自分の経験則を誰かに押し付けるつもりはない。私の経験則が的を得ていないと思う人も必ずいるはずだし、そういう人たちと意見を戦わせるつもりなど毛頭ない。

また、“きれいな文章を書くための講座”を展開しようというつもりもない。最初に言ったように、文を書き進めるにつれて次々と現れる分岐から最悪の道にさまよいこんでしまうのを回避しようとする方法論に基づいている。

あくまで「悪文を回避するための文章テクニック」である。“悪文”とは、読者が理解するのに努力を要する文と定義付けておきたい。読者が“解読”に努力を払ってくれないと意味が伝わりにくい文は、悪文ということになる。(むろん、読者が文の内容を理解できるかどうかは、読者の知識レベルにも依存するのだが、便宜上、そこまで深く掘り下げるのは差し控えたい)。

第1回では、「文例が極端に悪文すぎる」という反響も聞かれた。また、「ある程度の教育を受けた人なら犯すはずもないミスを取り上げているだけだ」というような声もあった。

まあしかし、私が日英翻訳に際して接する日本語文の多くは、かなり“教育レベルの高い”人たちが書いている。そんな人たちが書いた文においてすら、前回で述べた「助詞の“は”の多用」という問題がしばしば見られる。本稿の末尾で示す“を”の誤用にしても然りである。

■ 助詞の「を」の二段重ねは、読みにくい“入れ子構造”を作り出す

「を」は、目的語と動詞を結びつける役割を果たす。「〜を」というパターンが目に入った読者は、その目的語に作用する動詞(述語)が直後に続くことを期待する。会話でもそうだ。

たとえば、異性があなたに面と向かって「私はあなたを・・・」と切り出したとき、あなたが知りたいのは、その後に続く述部のはずだ。愛しているのか、愛していないのか・・・じらさずに、早く教えて欲しいと思うだろう。

ところが、現実世界の文章を見ると、「を」の直後に述部を続けずに別の名詞を続けて、「AをBを〜して…する」のパターンの文がしばしば出現する。Aに対する述部を知る前に、Bに対する述部を読まされる。一種の入れ子(ネスト)構造が形成されている。

このような入れ子構造が常に悪文を生み出すとは言わない。だが、書き手が何も意識せずに「を」の二段重ねを多用している場合は、非常に読みづらい文が出来上がることが多い。

民間の企業などがインターネット上で公開している文書にも、しばしば「を」の二段重ねが現れる。だが、ここでは、政府・行政関連組織の文書から実例を取り上げることにする。

【例1】さらに、スーパーコンピュータシステム地球温暖化始めとする地球規模の環境変化に関する解明、予測、影響評価等のための研究に供するとともに、研究成果の英文報告書の出版を行った。

【引用元】環境庁「環境白書」


「スーパーコンピュータシステム」にかかる述語は「供する」なのだが、その間に別の「〜を」フレーズが入れ子になっていて、しかもかなり長い。それゆえ、「供する」という述語を目にしたときには、もう一度、文の前の方を振り返って目的語が「スーパーコンピュータシステム」であったことを再確認しなければならなかったりする。

次のように、目的語を述部の直前に移動すると、かなり読みやすくなるはずだ。

【例2】さらに、地球温暖化始めとする地球規模の環境変化に関する解明、予測、影響評価等のための研究にスーパーコンピュータシステム供するとともに、研究成果の英文報告書の出版を行った。


次の例は、かなり難解な文だと思うのだが、一読して意味の分かる人はどれくらいおられるだろう?

【例3】パラメータを可変にするための措置として、適合するパラメータを生成するツールを開発した。このことにより、固定パラメータの場合に発生する弱点、パラメータ利用者が任意に選択して秘匿することにより緩和できる。

【引用元】独立行政法人情報処理推進機構(IPA)サイト


「弱点」に対応する述部は「緩和できる」だが、その間に「パラメータを〜」のフレーズが挿入されている。この挿入部分自体が、理解しづらい記述になっている。

実際のところ、この文が指すシステムのパラメータは「固定パラメータ」ではない。第1文で述べられている“可変パラメータ生成ツール”があるおかげで、パラメータを「利用者が任意に選択できる」のである。「を」の入れ子構造以外にロジックも複雑で、解読に労力を要する文だと言える。

私なら上の文を次のようにリライトする。

【例4】パラメータを可変にできるように、適合するパラメータを生成するツールを開発した。利用者がパラメータを任意に選択して秘匿できるので、パラメータが固定されている場合に比べて弱点が緩和される。


とまあ、いきなり難解な例を出しすぎたかもしれない。非常に単純な例を出してみよう。

【例5】パソコンを画面を使用せずに使用することもできます。


これは、具体的に出典があって引用した例ではないが、パソコンやソフトのマニュアルで散見されるパターンである。

「パソコン」に対応する述部は「使用することもできます」、「画面」に対応する述部は「使用せずに」――なんとも不自然な日本語である。

「AをBを使用せずに使用」などという表現を平気で使えること自体が不思議でたまらない。もっとも、元が英語だったものを下手な訳者が訳した場合もありそうだ。

リライトするなら、だいたい次の3通りが考えられる。

【例6】画面を使わずに、パソコンを使用することもできます。

【例7】パソコンは、画面を使わずに使用することもできます。

【例8】パソコンを画面なしで使用することもできます。


むろん、「を」の二段重ねが文の読みやすさを損ねない場合もある。しかし、最初に触れたように、「〜を」というパターンが目に入った読者は、その目的語に作用する動詞(述語)が直後に続くことを期待する。このことを念頭に置いていれば、最悪な道にさまよいこむことを回避できると思う。

さて、「を」に関しては、“入れ子”構造以外に“尻切れトンボ”現象も発生しがちである。「AをBを〜して…する」のパターンではなく、「AをBを〜する」で終わっているパターンである。

【例7】地域にとって学校に参画することにどのように動機付けしていくのかをコンセンサスを得ていかなければならない。

【引用元】東北経済産業局「アントレプレナーシップ教育モデル地域形成事業報告書」


この例では、「動機付けしていくのかを」に対する述部が存在しない。最初の「を」が単なる誤用だと見ることもできる。次のようにリライトできそうだ。

【例8】地域が学校に参画する上での動機付けに関するコンセンサスを得ていかなければならない。


また、「を」は、本来必要ない箇所に挿入されていることもある。たとえば、googleで“を経験を”を検索すると次のような誤用例が多数ヒットする(なんと、ヒット件数は45,900件も存在する)。

  • 生徒達は具体的な活動を経験を繰り返す事によって

  • 失敗を経験をすることで成長

  • この職種を経験をすることで、仕事の段取り力は着実にアップ

  • 全ての領域における深い知識を経験を得ることが出来ます


私の長年(18年)の経験上、「を」に関しては“入れ子構造”だけでなく、上記のような誤用が非常に多く見られる。なぜかエラーが生じやすい助詞、それが「を」なのだ。

《今回のまとめ》
  • 「〜を」というパターンが目に入った読者は、その目的語に作用する動詞(述語)が直後に続くことを期待する。

  • AをBを〜して…する」のパターンをむやみに使わない。別の表現が可能な場合は、このパターンを避ける。

  • AをBを〜して…する」の「Bを〜」の部分が長くなると、解読に労力を要するようになり、誤読も招きやすい。

  • 「を」に関しては、“尻切れトンボ”になったり、不要なところに使用したりなどといったエラーも発生しがち。



【追記1:「AをBを〜して…する」が不自然でないケース】

補足しておく。「AをBを〜して…する」のパターンが不自然にならないケースも当然存在する。たとえば、次の例のように語順が重要な場合がそうだろう。

○○社は□□社の**%持分を、同社の発行済み株式の過半数を所有する◇◇社から取得した。

(※最初の例文は、テクニカルな意味が通っていなかったので修正しました)

【追記2:「的を得ない」について】


本文中で「的を得ない」という表現を使用しているが、「的を射ない」が正しいのではないかとコメント欄で指摘してきた人がおられる。結論を先に言うと、「的を得ない」を「的を射ない」に訂正するつもりはない。

教科書にどう書かれているかは知らないが、少なくともオンラインでアクセスできる文書では、「的を得ない」の方が「的を射ない」より出現頻度が高い。気になる人はgoogleで、この両者を検索してみるとよい。

現時点で「的を得ない」は2万件以上ヒットするが、「的を射ない」のヒット件数は1000未満である。

当ブログでは、このほかにも「本末転倒」とか「因果応報」について意味を取り違えているのではないかというコメントを付けてくる人がたまにいる。

実践と教科書の間にどんどんギャップが広がっていることを理解した方がよいと思う。たとえば、私の本業では、たまにしか改訂されない紙の辞書はあまり役に立たなくなってきている。

上記の“を経験を”は、45,900件もヒットする。ならば、これも新しい用法として定着しているのではないか・・・というと、そうでもない。これは、用字レベルの話ではなく、文法レベルでの明らかなエラーである。正しい用法である「を経験する」をgoogleで検索すると、100万件をゆうに超えるヒットがある。

それから、第1回のコメント欄にも、

“ほとんど”と“すべて”は意味が違うので、ほとんどすべてとつかうことしないほうが良いですよ


というかなり風変わりな指摘があった。「ほとんどすべて」が日本語として成立しないという意味のようだが、誰に教わったのだろう? 




悪文を回避する文章テクニック


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この記事へのコメント

1. Posted by フリーダム   2007年05月05日 10:03
5 おぉ、納得(>_<)
翻訳が本分だと、外国語のエキスパートになっていくと思いきや、日本語についても卓越してくるんですね〜。
2. Posted by A.C.   2007年05月05日 12:31
3 参考になる文書なのですが、気になった点がひとつ。

的は得るものではなく射るものの筈です
3. Posted by ごどはんど   2007年05月05日 14:41
読ませていただきました。確かにこのような日本語は多いように感じますね。このような文だと、書いている本人が読み直したとしても読みづらいんじゃないかと思ってしまいますね…
4. Posted by ´・ω・   2007年05月05日 20:19
「的を射る」の慣用句は、そもそも的を射得る行為からできたものなので、的を得ても良いというのが近代の見解。

というより、的を得ては駄目だろうという揚げ足取り自体が、ろくに文章も学んでいない人が近代に入ってから作り出したものなので。
まあ何と言いますか。


管理人さん頑張って下さいね。
5. Posted by た   2007年05月05日 21:15
勉強になった。

悪文と言えば、ネットのニュース記事でどちらとも取れるような表現を使う記者がいて、それはやめて欲しいなー思ったのを思い出した。
6. Posted by 舞   2007年05月05日 23:01
コメントが遅くなりましたが、第二回目も興味深く読ませていただきました。
「を」のネスト構造は私も使うことがあったかもしれません。
論文や仕様書等は、難解に見える様に書かないと格好が付かない、という意識があるのかもしれません。
とはいえ、論文も仕様書も、そもそも人に読ませて理解させなければ意味のないものです。
これからはこのポイントに気をつけて文書を書いてみたいと思います。

実践と教科書レベルは違う……というのは私も賛成します。
しかし……若い人と話をしていて、「がいぞんって変換しても出てこないんですよー、自分で変換辞書に登録しちゃいました」といわれて、私は「???」。
どうやら、「既存」のことを言っていたようで……文法や用法以前の話で疲れることもしばしばだったりします。
7. Posted by びじ   2007年05月06日 00:01
あたしなんかの業界でもよくあることなんですが、実力派・実践派が現れると戦々恐々とするグループがいるんすよね。でも、たいがい揚げ足取りくらいしかできないんですよ。あたしは、実利第一なんで、上手く立ち回ってますけど。

第1回のコメント欄からして、なんだか似てるなーって感じ。筆者さんが学問とは関係ない実践的知識だって最初に断ってらっしゃるのに、どうしてもそっち方面からちゃちゃが入る。

僭越ながら進言しますと、いちいち追記とかで言及しないでスルーしちゃえばいいんですよ。あっでも、このコメント気に入らなかったらスルーしてくださいね。

8. Posted by QC   2007年05月06日 02:54
正直に思うところを書きますけど、普段からなんでも評点を読んでいる人なら、ここの筆者さんが「わかりやすい文」の秘訣を指南するのは当然のことと思うんではないかと。
でも、この記事は、新しい層の読者を呼び込んでますよね。そういう人たちにしたら、翻訳家かなんかしらんけどえらそうにとか思ったりするのではないかと。
だから文句のある人は、とりあえずその他のびっくり仰天記事に目を通していけばいいんです。お勧めします。以上。
9. Posted by     2007年05月06日 14:58
このサイトとか、文章を読ませる個人サイトですらすら読めるサイトというのは、前回のと今回の法則が見事に当てはまりますね

「は」が何度も出てこないし、「を」のネストもない

10. Posted by 北久保誠也   2007年05月07日 03:39
文章って、結構、その文章が伝えようとする内容だけでは語りきれないものがあります。文章は他人に何かを伝えるものですが、その文章の有用性(或いは価値)は、誰が、誰に、いつ、どこで、どんな状態で伝えたかも考慮する必要があります。それによって、その文章で何が伝わるかも変わります。

例えば、真面目に読むつもりが最初からない人に、いくら論理的で明晰に組み立てた議論を、何十枚費やして展開したところで、その文章本来の目的を達することは、先ず不可能でしょう。例えば、初めてラヴレターを書こうと思った女子高生は、「ラヴレターの書き方」を細かいところまで懸命に読むでしょうが、そうでもなければ、そのような文章を読む機会は少ないでしょう。

つまり、文章の読み手が、常に文章にまともに取り組むとは限らないのです。そういう、不真面目な読者に限って、瑣末なことを鬼の首でも取ったようにレスしてくるので、困ったものです。
11. Posted by > ´・ω・   2007年05月09日 00:07
「的を得る」は「的を射る」と「当を得る」がごっちゃになったから。じゃないんだ。
最近になってというのは、単に昔の人はちゃんと使ってたからという訳でもないの?
12. Posted by 立花月夜   2007年05月11日 01:07
5 言葉は時代によって変化していくものだと思います。
「すいません」は「すみません」が正しいとか。でも断然「すいません」の方が頻度が高かったり。・・・どっちでも意味通じるじゃん。
 問題なのは意味が通じないこと。・・・わたしも自信ないけど、ここで勉強させてもらっています。管理人さんがんばってください
13. Posted by 月庵   2007年05月11日 02:29
ここのところ多数の人間に向けた文章を書く機会が多くなり、文章の難しさを実感していた私にとってとても興味深い内容でした。
細かい言葉の使い方には、いわゆる「礼儀作法」と似た面があると感じます。見る者によって同じ人物の立ち振る舞いが礼儀正しくも無礼にも見えることがあるように、文章も解読不能なレベルの致命的誤用がない限りは、読む側の受け取り方によって正しいものにも誤ったものにも変化するのではないでしょうか。
読む人間にとって過不足なく、できるだけ簡潔かつ誤解のない文章を作ることはなかなか難しいですよね。現に今私が推敲しているこの文章にも、過も不足も誤用もたくさん残っている気がします。
その点複雑な言い回しをしなくても趣旨を的確に伝えやすい英語が、世界の様々な場所で使われているのは納得できる気がします。
14. Posted by 14   2012年01月11日 23:20
語尾の活用に関係なく調べるために、"的を射""的を得"でググったら、圧倒的に前者の方が多かったよ。やっぱり誤用じゃん。
"当を得"と混同したんでしょう。
「実践的知識」だから誤用でもいいんでしょうけどwww
15. Posted by Nike Shox   2012年05月26日 14:02
のに、どうして突如として絵が下手になったのだろうか」といつも不思議に思っていた。
16. Posted by Read the Full Guide   2014年05月10日 23:35
the best e cigarette なんでも評点:【悪文を回避する文章テクニック】第2回:「を」の二段重ねは読者泣かせ

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