2006年06月22日

生き別れた娘と母が同じ美容室で働いていたのに互いに気づかず、10年の歳月が流れる


生後4日で生みの母と生き別れになった娘。経済的な事情により生後4日のわが子を泣く泣く養子に出さざるを得なかった母。そんな2人がどこかで擦れ違っても、お互いに親子だと気づくことは絶対にないだろう。いや、同じ職場で働いていても、会話の機会が少なければ、自分たちが親子だということに気づかないかもしれない。

現在、米国アイオワ州で暮らしているミシェル・ウェッツェルさん(30歳)は、結婚していて2歳半の娘がいる。娘を育てながら、地元のカントリー・クラブでバーテンダー兼ネイルアーチストの職に就いている。本職は、ネイルアーチストの方である。

ミシェルさんは、10代のころから自分の出生の真実を知っていた。両親が彼女に打ち明けた。ミシェルさんは両親の実の子ではなく、生後わずか4日でもらわれてきた養子だった。

それを知ったミシェルさんは、生みの母にいつか必ず会いたいと思うようになった。

1996年、美容学校を卒業したミシェルさんがネイルアーチストとしてのキャリアを開始したのは、Hair By Stewartという名の美容院。社会人としてのスタートを切った後、生みの母に会いたい気持ちがますます強くなっていった。

美容室には若い同僚たちのほか、中年の女性が受付係として働いていた。キャシー・ヘンツェンさんという当時45歳の女性。キャシーさんが座っている受付カウンターは、ミシェルさんの持ち場から、たった3メートルしか離れていなかった。たった3メートルという距離だったが、互いに個人的な会話を交わすことはなかった。

ただ、ミシェルさんと同僚の間で、キャシーさんのことがしばしば話題に上っていた。「キャシーさんって、なんかいい感じよね。あんなお母さんがいたらいいのにね」

もっとも、同僚はともかく、ミシェルさんは実の母に会ったこともなければ、名前も顔も、どこに住んでいるのかも、それどころか生きているのか死んでいるのかすら知らなかった。ミシェルさんは、普段から臆することなく自分の身の上を同僚たちに話していた。

「あんなお母さんがいたらいいのに」という言葉は、ミシェルさんと他の同僚とでは意味合いが違った。実際、ミシェルさんは「実の母を探そうかと思っているの」と同僚たちに話したことがあるのを覚えている。そのときも、目と鼻の先の距離にキャシーさんがいた。彼女も、その話を聞いていたかもしれない。

だが、二人が驚愕の事実に気づくことはついぞなかった。やがてミシェルさんが別の職場に移った。そんな至近距離で、しかも毎日のようにニアミスしていたことに二人が気づくこともなく、10年の歳月が経過した。

ミシェルさんは三十路を迎え、新たに生命保険に加入することにした。その際のメディカル・テストで、異常な数値が報告された。

肥満が問題化している米国だが、ミシェルさんは(下記のソース記事の1つに掲載されている写真を見ればわかるように)決して太ってはおらず、一般的な30歳の米国人女性としてはスリムな部類といってもよさそうだ。にもかかわらず、コレステロール値が異常に高いことが判明したのである。

その高数値が何らかの後天的疾患の存在を意味するのか、それとも遺伝的なもの(家族性高コレステロール血症)なのかを確かめる必要が生じたのである。

それはつまり、養子斡旋エージェンシーに対し、実の母と引き合わせてくれるように依頼することを正当化してくれる。今年の2月、ミシェルさんは決心してエージェンシーに連絡を取り、事情を説明した。

エージェンシーでは養子に行った子が実の母に連絡を取ることは原則として認めていないが、正当な理由があると判断し、ミシェルさんが実の母および肉親と連絡を取ることを許可し、その手助けをすることに合意した。

ミシェルさんは、ソーシャルワーカーとの面談中に驚愕の事実を知る。

ミシェルさんは、ソーシャルワーカーから生みの母に関することをいくつか聞かされた。彼女には、2人の娘がいて、二人ともバーテンをしていること。そして、彼女が美容院で受付係をしてきたこと。

「もしかして!」と直感したミシェルさんは、ソーシャルワーカーから美容院の場所や名前などを聞き出した。そして確信した。私と母は同じ美容院で働いていた!

そう。10年前、同僚たちと「あんなお母さんがいたらいいのにね」と話題にしながら好感を持って見ていたあの女性、キャシーさんこそがミシェルさんの実の母だった。

この驚愕の事実が判明すると、すぐにソーシャルワーカーがキャシー・ヘンツェンさん(55歳)に電話で連絡を取った。そして告げた。「養子に出したあなたの娘さんがあなたに連絡を取りたがっています。不思議なことに二人は面識があります。同じ美容院で働いていたことがあるのですから」

ミシェルさんとキャシーさんは、その日のうちに電話で連絡を取り合った。その一週間後にレストランで再会した。同僚としては10年ぶり、親子としては30年ぶりの再会だった。

その後、二人は数日おきに連絡を取り合っている。

実際、生き別れになったときに子供の方が幼いと、成長したわが子がすぐそばにいても気づかなかったりするのだろう。ただ、同僚時代、二人は互いにほとんど個人的な会話を交わしていない。だが、再会を果たした二人の間で、こんなふうなやり取りがあったという。

母キャシーさん「もしあのころに、あなたが私のところにやって来て、いろいろと話し始めたらどうだったかしら?」

娘ミシェルさん「お互いに親子だと気づいていたはずよ」

30年前、キャシーさんは失敗した結婚を清算しようとしているときに、自分が妊娠していることに気づいた。既に二人の娘がいて、その二人をこの先女手ひとつで育てていかねばならなかった。苦渋の決断だった。生まれた子をわずか4日で手放し、養子に出した。それがミシェルさんだった。

ともあれ、10年前に再会の機会を与えられていた二人がその機会に気づかず、紙一重のところでニアミスで終わった。同じ職場に勤めるという驚愕の偶然の一致を含め、紙一重の極致のような話である。

紙一重指数10■■■■■■■■■■


現代においては、生後まもないわが子とこんなふうに生き別れになること自体、そんなに発生率の高いことではない。だから、こんなふうなニアミスが生じることも、きわめて稀だと思える。生き別れになった母と子という組み合わせにおいては。

ところが血気盛んな男性の場合は、ちょっと事情が違う。知らないところ(忘れ去ったところ)に自分の遺伝子を引き継ぐ子がいたりするかもしれない。そんな場合、偶然、時と場所を同じくしていても、深く会話を交わすことがあっても、お互いが親子であることには絶対気づかないだろう。

本件は、米国の多くのメディアが伝えている。その伝える内容もさまざまである。本稿では、これらのソースの情報を大幅に整理してまとめた上、多少、補足と脚色を加えてある。下には、主なソースを示しておく。




■ Sources:


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こんな再会もあるんですね。 生まれて4日なら顔を見てもわからないでしょうから、 話をしなかったら気づきませんよね。 それにしてもわかってよかったと思いますよ。

この記事へのコメント

1. Posted by くま   2007年06月07日 16:36
5 泣いた…
良かった良かった(T_T)
2. Posted by あ   2007年11月11日 13:34
これ仰天ニュースでみたばい♪
3. Posted by mbt shoes malaysia   2014年05月11日 07:51
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