G- なんでも評点:心臓に弾丸が突き刺さったまま62年間も生きてきました

2005年05月05日

心臓に弾丸が突き刺さったまま62年間も生きてきました


ロシアのステパン・ボブロフさんは、62年前、医者に太るように言われた。たくさん食べて太れば、脂肪がクッションになって弾丸を包み込むだろうから・・・と。

ステパンさんが心臓に銃弾を受けたのは、ソ連軍とドイツ軍の間で戦闘が繰り広げられていた1943年12月のことだった。当時、学校を卒業したばかりのステパンさんは、ウクライナ第二戦線に配備されていた。

ステパンさんは次のように回想している。「ウクライナのとある村でドイツ軍と戦っていました。私は、マシンガンを携えて走っていました。家の屋根からドイツ軍のスナイパーが私を狙っていることに気付きました。その次の瞬間、自分の体が地面に倒れこんで行ったことだけを覚えています」。

ステパンさんは、野戦病院に運び込まれた。軍医たちは、最初ステパンさんを診察したとき、もう助かる見込みはないだろうと思った。銃弾はステパンさんの喉から鎖骨の間を通過して胸腔内に侵入し、肺をひどく損傷させた後、心胸膜にめり込んで止まっていた。

しかし、ステパンさんはまもなく意識を取り戻し、たった12日間で命に別状のない状態まで回復した。軍医は当初、ステパンさんに「あなたは重傷を負った」としか告げていなかったが、3ヵ月が経過したときに驚愕の事実を伝えた。「あなたの心臓には、銃弾が突き刺さっています」。

銃弾を心臓から取り除く予定なのかとステパンさんが尋ねると、医師はこう答えた。「これから一生、あなたは銃弾と一緒に生きていくんですよ。銃弾を取り除いたら、その瞬間、あなたは死んでしまいます」。だから、これからはできるだけたくさん食べて、銃弾を脂肪のクッションで包み込む必要があったのだ。

心臓に銃弾が突き刺さっているにもかかわらず、見た目、完全に健康体に回復したステパンさんは、ふたたび前線に駆り出されることになった。戦闘中に何度が傷を負ったが、幸い軽傷で済んだ。

絶体絶命の傷を負いながら回復した彼だが、もう一度、九死に一生の体験を味わった。ある日、彼の所属する部隊が宿泊していた民家が砲弾に襲われたのだ。生き残ったのは、彼ただ1人だった。

心臓に弾丸が突き刺さったまま62年間を生きてきたステファンさんは、もう80歳になった。

弾丸が問題になるのは、空港から旅客機に搭乗するときだけである。金属探知機が弾丸に反応してしまうのだ。このため、ステパンさんは自分の胸部のレントゲン写真を携行し、空港職員に見せて納得させるようにしてきた。(下記ソース記事にレントゲン写真あり)。

不幸中の幸い度10■■■■■■■■■■





■ Source: Russian man lives for 62 years with a bullet in his heart - PRAVDA.Ru

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◆心臓に弾丸が突き刺さったまま62年間も生きてきました(なんでも評点さん) 世の中には不思議なことはあるもので・・・。 この人、スタンド使い(クラフト・ワーク)なんじゃないかと。...
2. 心臓に弾丸が突き刺さったまま62年間  [ [cha] カコッチャ ]   2005年05月05日 13:58
<I>ステパンさんが心臓に銃弾を受けたのは、ソ連軍とドイツ軍の間で戦闘が繰り広げられていた1943年12月のことだった。当時、学校を卒業したばかりのステパンさんは、ウクライナ第二戦線に配備されていた。 ステパンさんは次のように回想している。「ウクライナのとある村で

この記事へのコメント

1. Posted by マスター   2005年05月05日 09:50
世の中には不思議なことが多いですね^^

弾丸が心臓にささっていて大丈夫だなんて
2. Posted by 植木屋の恋愛事情・株式上場2005   2005年05月06日 03:17
ソース見てきましたよ!

かなり、でかい弾が、刺さっているように見えます。

しかし、じいさん、元気そうだな。
3. Posted by 春樹   2005年10月09日 17:40
なんかあり得ないですね。読んだときびっくりしてしまいましたよ。銃弾が心臓に突き刺さったのに生きてるなんて。これこそ、不幸中の幸いですよね。

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